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良純和尚

 良純和尚が車に戻ってきた時、彼はとってもやさぐれていた。


「ざけんな、あのテルテル坊主が。バカ、馬鹿、ばーか」


 黒眼鏡着用の坊主姿は、スーツのときよりも怪しさ満開な上、迫力があって怖い。


「落ち着いてください。良純さん、落ち着いて。一体何があったのですか?」


 僕は慌てて車から飛び降りると、彼を運転席に納めてしまおうと試みた。

 こんな恐ろしい鬼が暴れていては、近隣の人に通報されてしまう。

 僕の大事な保護者を警察に連れて行かれてたまるものか。

 しかし彼は憤っている割に、とてもすんなりと運転席に乗り込んでくれた。

 今度は僕が置いて行かれないようにトラックの前側をあえて迂回して、急いで助手席に戻って乗り込んだ。


「馬鹿。車の前を横切ったら危ないだろうが」


「すいません。それで、一体どうされたのですか?」


「あぁ。坊主のくせに土地を転がして儲けようとして失敗した馬鹿がいてな、俺がその馬鹿の尻拭いすることになった。坊主は経だけ読んでりゃいいものを、馬鹿野郎が」


「良純さん、あなたは普段何している人でしたっけ」


「うるせぇよ。聞いたらお前も糞って言いたくなるぞ。まず、金は山が出す。一定額な。それ以上になったら俺の持ち出しだ。しかも、俺が山から借りたことになるので利子付だ。売れた場合の十パーセントは上納金だ。今まで山にまともに上納していないのだから丁度いいとさ。その代わり、その馬鹿の抱えていた檀家のいくつかの法事を俺が受け持つ事を許された。許されただぜ。何だよそれ、馬鹿野郎がふざけんな。坊主のくせに奢り高ぶってやがるから宗教離れが起きているんだろうが、糞馬鹿共が!」


 彼は大事なはずの運転席の足場を蹴りつけた。


「鬼を調伏してしまうなんて、うわぁ、お山って恐ろしい。」


 僕がお山に恐れを抱きながら横の運転席に座る彼を見つめていると、彼は車を荒々しく発進させたのである。

 とても大事なはずの車なのに!

 古いトラックは運転者への抗議か発進時にギシギシと変な音を立てた。


「明日からフルで働くぞ。武本、いいな」


「すいません。僕、そろそろ健康かなって。一人で頑張ってみようかな、なんて」


 運転中の良純和尚がこっちを見ている。

 ずっとみている。

 ひゃあ。


「冗談です。前見てください。ハイ、明日からも頑張らせていただきます」


 そうして、エアグレイスひばりの楊邸に到着したのだ。

 車が停車した時、僕の心臓がドキドキしており、そのドキドキが快いリズムを自分に与えてくれていた事に体が温かくなっていた。

 彼は僕が健康でも傍に置いてくれるのだ。

 そうだ。当たり前じゃないか。

 彼は僕のろくでもない過去を知っていても、結局は僕のせいで死体が積みあがっていたのであるが、そんな僕に変わらず接してくれているではないか。


 心が軽くなったからか、自然と体も軽く動き、僕は助手席のドアを開けて飛び降りると、楊が待つ所へとまず駆け出した。

ところが、家の前には楊だけでなく、長身の美女と頭がぼさぼさの研究者っぽい男が立っていたのである。


「遅いよ」


 楊がにこやかに微笑んだ。

 僕が軽く頭を下げてから、楊の後ろの面々の紹介を願おうとしたら、美女の方が動きが早かった。

彼女はしゃがみ込んでうわっと泣き出したのである。

 どうした?


「すっごい可愛いじゃない!これがあたしからまさ君を奪った女ね!」


「かわちゃん。この人、とても残念な人?」


 彼は笑顔で僕の頭を軽く叩き、それから、しゃがんで泣いている少女の両手を持って立たせ、そればかりでなく、彼女に向けて誰もがとろけるような笑みを向けたのだ。


「違うって。こいつは百目鬼のもの」


「そうなの?」


 少女は小学生のような泣き笑いの笑顔を彼に見せ、そしてそのまま自分の所有物然と楊の腕に絡みついた。


「あ。かわちゃんがストーカーから逃げれない訳がわかった」


 僕のセリフに楊は眉毛を一本にした顔で僕を睨んだが、僕の後ろに立つ良純和尚どころか研究者っぽい男まで噴出して笑い出すとは思わなかった。

彼は大学で地質学を教える講師であり、楊の高校時代からの友達なのだそうだ。


「それじゃあ、良純さんとも」


 しかし、その大きな体でありながら背中を丸める姿勢のせいか威圧感を感じさせない人好きのする男は、一瞬困ったような表情を僕に見せたのである。


鯰江なまずえと楊はね、同好会みたいな汗臭いラグビー部で男連中でつるんでいてね、俺は鈴木と一緒に女子とばっかり遊んでいたから、当時は親交がなかったんだよ」


 さすがの鬼の情け容赦ない説明に、鯰江は、変わっていない、と苦笑いをし、楊は婚約者の手前か顔を真っ赤にしていきり立った。


「お前!どうせ俺らはモテない組だよ!」


 しかし、殆んど楊と身長が変わらないアーモンドアイの美女は嬉しそうに微笑み、一層と楊の腕にしがみついている。

その行為が彼の嫌悪感を刺激しているとも知らないで。


「ねぇ。君。かわちゃんはね、たぶん手を繋ぐ方が好きだよ」


 僕よりも十センチも背が高い少女は僕を睨んで見下し、楊は笑顔のままだが僕に秘密を知られたと気付いたらしく、僕に射貫く様な視線を向けた。


「どうしてあんたがわかるのよ」


「だって、君も恋人と手を繋いで歩く方が好きな人でしょう?背伸びをしないでいた方が、君も気楽で楽しいでしょう」


 彼女はぱっと顔を赤らめてぱっと楊の腕から手を離すと、モジモジと恥ずかしそうになって下を向いた。すると楊が、ハハハと軽く笑いながら彼女の右手を左手で繋いだのである。

 すると少女は本来の年齢の笑顔で彼に微笑むではないか。

 大嘘つきの楊と卑怯者の僕は目線を交し合い、そして目的の場所に同時に視線を移した。


「さぁ、ちびすけ、始めてくれ。」


「僕がですか?良純さんでなくて?」


「お前が知っているんだろ、一番いい所とか方法とか」


 楊に言われ、シンボルツリーと掘り返された現場を見ると、シンボルツリーとなっているダイダイの木は樹齢五百年はいくであろう神木だった。

 神木の霊力に乗ってしまったからこそ一個人でしかない単体の呪いが遠くまで届いたのだと僕は知り、この黒く染まった神様を復活させるために僕と葉月はここに呼ばれたのかもしれないと、僕は良純和尚に振り返った。


 彼の経が全ての淀みを吹き飛ばせば、神木が本領を発揮することができるのだ。

 彼がいつもろくでもない物件ばかりに当たるのは、彼によって浄化されたいと願う土地神の力なのかもしれない。


「普通に現場の前で良純さんに経を読んでいただければ大丈夫です。全てを吹き飛ばすように冷徹で、」


「威風堂々とな。武本、読む経は何でもいいんだな」


「はい。淀みを吹き飛ばせれば全てが綺麗になります」

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