三田と武本
「俺達はこんな事をしていていいのでしょうか?」
楊の隣に立つ葉山が楊に聞こえるように呟いた。
「仕方ないじゃん。俺達は所詮流され者の窓際族。上の言う事だけを聞きましょう」
「これは上の指示もない勝手な仕事じゃないですか」
「だって、そこに死体があるのだもの。それに僕が君の上司」
「はは」
小雨の振る中、楊班達は最初の現場、死体発見のあった住宅地のシンボルツリーの前にて遺体の発掘をしているのである。
ブルーシートが目隠しに四号棟と五号棟の間に張られ、歩行者専用道路と住宅地の境界となっているワイヤーフェンスにも張り巡らされている。
青い空間にポツンとそびえるダイダイの木。
まるでCG映像を撮るためのスタジオそのものの現場であり、これまた非現実的な遺体の発掘作業が行われている。
まず、楊が知人の大学講師を呼び出し、その彼が大学から運んできた機材によって地中を探査することから始まった。
そして、探査機の超音波画像によるとダイダイの下に人骨が埋められている事は否定できない事実となり、楊達は次の行動、つまり今現在の発掘作業を行っているとそういうわけだ。
「穴を掘るためだけに百目鬼さんから家まで買って。大丈夫なのですか?」
「いざとなったら、あいつに一切合切売り飛ばしてもらうから大丈夫だ」
霊能者による霊視によって死体があるというから掘りたい、などという書類が通るわけはない。
楊は百目鬼から家を購入し、大学講師の友達とふざけて自宅の敷地を地中探査したら遺体を発見してしまった、を通したのである。
ダイダイのある位置は共有部分でもあるが、楊の買った家の敷地の一部に見えなくはない。
そこで、自分の土地と勘違いしていた、と楊は言い抜けた。
「ところで、死体が本当にあったというならば、武本君が言っていた他の事も事実なのでしょうね」
「本人は嫌々ながら説明してくれたけれどね。なんだっけ?四号棟の奥さんと五号棟の土田美津子さんが二号棟の旦那さんと不倫して、二号棟の奥さんに責められて奥さんを皆で殺しちゃったんだってって、やつ?」
「そっちじゃなくて、埋められていた大曽根有香が旦那と自分を殺した女達を呪って歩き回っていたから、埋められたダイダイの根元から黒い線が三本放射しているって話です」
楊は葉山に武本の手が加わったエアグレイスのパンフレットを手渡した。
武本がためらいもなく引いた三本の線が書き込まれたものである。
三本ある黒い線の内、一番太い線は二号棟の生前住んでいた家まで三号棟と四号棟を突っ切って伸びており、次に太いのは長く、七号棟と八号棟の間を通ってずっと先まで伸びている。
そして、最後の細く一番短い一本こそが楊の購入した五号棟を通るものであったが、なぜかそれだけ先端に矢印が付け足されていた。
「どうしてかわさんの家だけ矢印?」
「この線だけ上に伸びているからだってさ。ダイダイから風呂場をつっきって、大きな寝室のベッドが置いてあった所を狙ってるんだってさ。自分は子供を産めないまま殺されたのに、殺した女が子供を産もうとしているってね、土の下から必死に腹の中の子供を呪っていたんだそうだよ」
「ひええ。それで子供の異常分娩ですか」
「異常どころか、検診時に見当たらなかった体の歪みもあったそうだね。それからね、二号棟のヤリチン、大曽根達彦ね。もう一人愛人がいたの。七号棟と八号棟の間のその方角にその愛人は住んでいてね、怖い話、菱江に殺された赤羽美智がそれ」
葉山はそれを聞き、自分が尋問した土田美津子の事を思い出していた。
彼女は五年前に自宅で出産していた。
大曽根有香をダイダイの下に埋めた時間、大曽根有香の出産日予定日だった日にち、美津子は下腹部の異常な痛みと陣痛に一人苦しんで、初めての子を産み落とした。彼女が言うには、携帯も固定電話さえも通じず、一人あの寝室で苦しみもがいていたそうである。
あの日、大曽根有香が彼女達になぶり頃された時のように。
「子供を殺したのは土田美津子本人。自分が殺した大曽根有香の死体の様子に似ていたから咄嗟に、だそうです。殺人による罪悪感と恐怖でしょうね」
葉山の報告を聞いた楊はしばしダイダイの葉が風に揺れるさまを眺め、そして大きな溜息をついて呟いた。
「違うね。」
「かわさん?」
「パーフェクトチルドレン願望って知っている?自分自身を顧みず、理想の子供を夢想して、その理想に子供が到達しなければ子供を憎んでしまうっていう親の独りよがり」
「土田は子供の障害を目にして殺した、と?」
「彼女のブログを読んだかな。自分が親に許して貰えなかったバレエスクールに子供を通わせて、ハロウィンともなれば親子でお揃いの仮装がしたいって書いてあったね」
「まさか。そんな」
「いいじゃない。そんな人間がいても。自分本位で自分の子供を傷つけて平気な親がいていいでしょう。子供だって、そんな親を捨ててもいいって事なんだから」
「かわさん?」
楊は両目を閉じた。
武本がいやいやながらも見えないものが見える説明を楊達にしたのは、彼が楊達が一番知りたい「武本玄人」について必死で隠し通そうとしているためであった。
楊はすでに髙から三田葉月について報告を受けていた。
武本と同じ高校で、同じ理系の特進クラスに在籍していた彼の親友。
当時のクラスメイトに尋ねれば、三田葉月と武本は目元が似ているからと兄妹とからかわれていたが、本人達はそれを喜んでそのように振舞っていたと語った。
武本玄人への呼び出しは総て三田葉月が請け負い、そのうちに三田葉月が武本玄人に成り代わり、クラスでは武本を葉月、三田を玄人と呼びかけるようにまでなっていたという。
「三田は昨夜死亡が確認されたよ。本木のように土嚢を作って、彼はその上に横になっていたそうだ。もう死んだんだ。お前はもう彼を守らなくていいんだよ」
武本は目玉が押しつぶれるのではないかと思うほど両手を両目に押しつけ、うーと唸りながら涙をぼろぼろと流して嘆きだしたのだ。
「ぼ、ぼくのせい、せい。みんな、しんだのは、ぼ、ぼくがいけない。あぁ、葉月君。葉月君を全部受け入れてあげることが出来たなら」
楊は武本を抱きしめようとして動いたが、武本の現在の保護者が先に彼を抱きしめてしまっていた。
体に押し付けるのではない、空間を作って守る抱き方。
武本はその空間に収められ、一層に泣き声を上げ、そのうちに自分から百目鬼の懐にしがみつき、終いには百目鬼が武本をがっちりと抱きしめていた。
「お前らって同じ種なんだな」
「お前は急に何を言うんだ。まず、お前が泣かせたこいつを慰めろよ」
「そうだね。ちび、聞いて。月並みだけどね、三田は自分で不幸になったんだよ。百目鬼もいつも言っているでしょう。人間はいつでもやり直せるって。百目鬼の大好きなぼけみたいにね、人間もいつだって好きな時に咲くことが出来るんだよ。たとえ、本庁の組織犯罪課に睨まれるような犯罪すれすれの金儲けをしてしまってもね」
「そうだな。お前みたいに車ごと崖をダイブしてもやり直せているもんな」
すると、泣いた顔のまま武本は百目鬼の胸から顔を上げて楊を見つめ返したのである。
「ドリフトターンに失敗してね、俺は死にかけたの。馬鹿だろう。笑えて涙が引っ込んだか?」
彼はくしゃっと再び顔を歪めて、もうやめて、と呟いた。
「それはかわちゃんのせいじゃないよ。かわちゃんは悪くない。だから、だから、死にたがりはやめて」
鈴木のことを武本は見たのであろうかと、楊は武本を慰めることも忘れて百目鬼の顔色を窺ってしまったのだと情けなく思い出していた。
「俺は生き汚いのに死にたがりなんて心配してねぇ。あいつこそ変な罪悪感で死にそうなのにさぁ」
「かわさん?」




