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自宅前での大騒ぎ

 俺の家の前には回転灯を点滅させて停車する黒塗りの車と、近所の住人で出来上がった人だかりだ。

 その中で見覚えのありすぎる大柄のスーツ姿の男が、俺の車が停車するやいなや人込みから飛び出して来たのである。

 彼は運転席側に移動すると、軽く握った手の甲で車窓をノックした。

 俺は急いで窓を下げて彼に答えた。


「あぁ、若尾わかおさん。我が家に何があったのですか?」 


 俺の家の前側は門戸があるのでかなり高い塀だが、敷地の周囲をぐるりと取り囲んでいる木塀風のアルミ塀はそれよりも一段低く、標準的な成人男性の背の高さくらいだ。

 よって、成人男性がその気になれば乗り越えることも可能なのである。

 そこで、俺の自宅にはいたるところに隠しカメラを設置してあり、その録画映像や監視映像は俺のスマートフォンでも確認できる。

 さらに、カメラでカバーできない部分には、最高のセンサーが勝手に稼働しているのだ。


 ババーズフォーは俺の家を取り囲むように自宅を構えており、特に侵入しやすい私道を挟んだ隣に住む民生委員の沖は、俺の家の覗きが趣味と思うほどに俺の家に目を光らせている。

 俺はそんな俺を守るために、民間の警備会社とも契約済みだ。

 若尾はその警備会社の社員で俺の担当なのである。

 元自衛官だった彼はマスチフ犬を彷彿とさせる強面の男であり、そんな彼が顧客に対しての信頼を勝ち取れるだろう威厳を持って俺に説明しようと口を開いたが、口を開いたまま間抜けな顔となって動きを止めた。


 奴の視線を追ってみれば、彼の目は俺の隣の武本に釘付けとなっていたのだ。

 半時間は笑い転げた余韻か口角は笑顔を作ったままで、真っ白い頬は紅潮し、黒目勝ちの大きな瞳に星までもまたたいているのかと思わせる程の煌きが宿っていた。

 つまり、輝く美女の顔をした武本が俺の隣に座っているのである。

 それも大きな鳥籠を抱えて、その籠の脇からひょいと顔をのぞかせているというあざとい演出つきで、だ。


「あの。良純さん。あの家の前の人だかりは何でしょう?それで、この方は?」


若尾准司わかおじゅんじと申します。百目鬼さんのお宅を警護しております、ロングソードセキュリティカンパニー、通称――」


「通称も何も長柄警備でしょう。長柄運送の先代が預かった荷物を守る刀が欲しいって発足させた会社。孫息子がアドヴァントセキュリティって改名しようとしたら、横文字が好きなのかって勘違いした爺に長柄警備株式会社をそのまま英訳されてしまったという、前の方が良かったという社名ですよね」


 勢い勇んで自己紹介に頑張ったにも関わらず、美女に自社の間抜け話を披露された若尾は見るからに萎んでしまった。

 しかし、彼は両目をぎゅうっと瞑って顔を上にそむけて数秒数えると、仕事の真面目な顔に戻って俺に向き直った。

 そして、武本への配慮か小声で俺に報告しはじめたのである。


「酔った若者達による器物損壊です」


「何が壊された?」


「被害は、向かいのお宅のプランター二個と、斜め向かいのお宅のアルミの門、それから、私道を挟んだお宅への暴言とゴミの不法投棄、そして、二軒隣りの家の猫ですね。」


 被害者が全部ババーズフォーだよと、俺は腹の底に寒気を感じながら、聞き流せない最後の生き物の末路だけは確認するべきだと気力を振り絞った。

 化け猫サイズのメインクーンという可愛げが無い猫だが、浪貝には「小さな可愛いぽん子」だ。


「ちょっと待て。最後の浪貝の猫はなんだ?ぽん子が殺されたのか?」


「暴漢が撒いたスプレーを浴びてしまって、緑色のまだら猫になっています」


 憎らしい三毛猫が緑色に染まった姿を思い浮かべ、俺は思わず吹き出していた。

 完全室内飼いの筈のあれは、脱走しては我が家のセンサーにばかり悪戯をして、若尾を何度も何度も呼び出している性悪猫でもあるのだ。


「笑わないでくださいよ。私だって我慢して神妙な顔を作っているのですから。それで、ですね。加害者がこの近辺の子息だと被害者宅の方達が騒いでおりますので、百目鬼さんにも確認をお願いできますか?」


 遠目で見直せば青年達は俺の自宅の塀の前で座らさせらて並べられており、ババーズフォーと見覚えのない強面顔の三人の男達が、彼らを取り囲むようにして立っていたのである。


「警察はどこに行っているんだ。それから、あの見覚えのないやくざ連中はなんだ」


「あれが警察です。そして、その警察の一人のご子息が加害者の一人でしたって、あれ、二人いませんね。若いやつとやくざそのものの年配。あと、いかにもなチンピラ。チンピラが逃げたかで追いかけて行ったのかな」


 やくざそのものの年配刑事については思い当たりがあるので、俺は消えてくれていて一向にかまわないと、残っている刑事について尋ねることにした。


「加害者の親はどいつだ?」


「あいつです。外山と名乗りました。消えたのは、本木と名乗った外山の相棒らしき若い男ですね」


 若尾はすっとスーツ姿の警察の一人を指さし、そいつをよく見れば夏に俺の家を張っていた一人だったと思い出した。

 こいつらは未だに俺の家を見張っていたが、仲間の子供が暴れたからと慌てて身を現したのだろう、と。


「そうか、こんな大騒ぎ。本当に迷惑な話だよ」


 助手席を振り向けば、先ほどまでの高揚感はどこへやら、いつもの青白い顔に戻った武本が、抱えた鳥籠の後ろに身を隠すようにして体を縮こませてしまっていたのである。


「怖いか?お前は話が終わるまで車内にいなさい」


「イヤです。傍にいさせて下さい。僕に絡む人がいます。怖いです」


「どいつだ?」

「どの男です?」


 俺だけでなく若尾まで同時に吠えていた。

 俺達の声に脅えたわけではないだろうが、武本は完全に鳥籠の後ろに自分を隠してしまっており、俺達の前にはワカケホンセイインコが柵を掴んで俺達にすごんでいる。


「左ふくらはぎに刺青を入れている人です」


 インコが喋っているような間抜けな状況に少々気を落ち着けられながら、我が家の方を見返せば、塀に背中を当てて体育座りさせられている四人の青年達は全て靴にかかる丈のズボンを履いていた。

 服装で言えば、二人はフード付きの上下スェットで、あとの二人は三厩の大学で目にする若者風の服装だ。

 誰かは後ほど追求するとして、俺は鍵束を若尾に手渡した。


「え?百目鬼さん?」


「申し訳ないが、こいつを裏木戸から家に入れてくれないか?俺と一緒よりも君と一緒の方があの愚連隊の目をかわせそうだ」


「もちろんです」


 若尾は俺の渡した鍵を捧げ持つようにして、俺の舎弟になったのではないかと思わせるほどの煌いた目を俺に向けるではないか。

 なんだか武本の身に別の危険が迫った気がしたので、俺は左腕で庇うように武本を引き寄せると、車外の若尾に確実に聞こえるように武本の耳に囁いた。

 勿論、最後こそ若尾に向けたのだが。


「彼は俺の担当どころか地区担当の主任だ。安心して守って貰え。客に手を出すようなことは絶対にない信用のおける男だからな」

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