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監視小屋の二人

 刑事昇格を望む若き巡査二名は、上司の命令を訝りながら、現場隣りの空家にて監視作業を行っていた。

 共に二十一歳の彼女達は、交番勤務から開放されてからの一年近くに及ぶ下積みに既に飽き飽きとしていた。

 飽き飽きとしたからこそ見習い警察犬の訓練に勝手に参加して犬と戯れていたのだが、ついでに殺人現場までも発見してしまったので、署内での彼女達の評価がだだ下がりなのは言うまでもない。


 庇いようのない素行不良の青年の死に花を飾って、見るからに脆弱な生き物を冤罪に近い形で追い詰める嵌めになったのは、彼女達が殺害現場というババを引いたからなのである。


 そこで彼女達は反発もせずに上司の言うとおりに勝手に他人の家に侵入して、所々に盗聴器とカメラを仕掛け、その後じっと隣家でモニターを見守っているのである。

 今のところは遠目どころか間近で見てもボーイッシュな少女にしか見えないターゲットが家に入り、モニターからはターゲットの独り言が時々ぶつぶつと入るばかりだ。


「人んちを勝手に盗撮に盗聴していいのかねぇ。これ違法でしょ」


 明るい髪色の髪をショートヘアにしている水野美智花みずのみちかが相棒に顔をむけた。

 水野は大きな二重の瞳が少々垂れており、癒し系だと署内で男性職員の憧れの的となっている。

 しかし相棒がよく知っているとおり、彼女の毛先がくるくると巻いてハネているのと同様に、彼女は癒し系どころか破壊系だ。


「いいんじゃないの?ここまでやって、あの可愛い子から何も埃が出なければ、二度と疑おうなんて思わないでしょう」


 水野は相棒にニカっと笑った。


「さっちゃんは、あの可愛い子ちゃんが絶対に無実だって信じているんだ」


 さっちゃんと呼ばれた佐藤萌さとうもえ巡査は、相棒よりも悪辣そうな笑顔を浮かべた。

 佐藤は大きな目が水野と反対に少しつっている事から、妖精系と署内で持て囃されているが、妖精とは本来暗黒な存在でもある。


「だけどさ。可哀そうだね。僕は殺されて玄人君じゃない僕だからってね」


 佐藤よりも人間味のある水野が、モニターを見返してぽつりと呟いた。

 彼女は武本の独り言に泣いたり笑ったりと、佐藤以上に楽しんでいるのである。


「そうだね。頑張りますから肉おにぎりって、けなげだよね」


 水野はハハっと佐藤に振り向いて笑いかけると、佐藤は横を向いており、眇めた怖い目でモニターではなく外の風景を眺めていた。

 見咎められないようにカーテンは閉めてあるが、まるっきり外が見えないのでは意味が無く、数センチの間は開けてあるのである。


「どした?」


「しっ。」


 佐藤はカーテンに近付き外を伺い、上げた左手をぐるぐる回すという上司への連絡を促すジェスチャーを行った。

 指文字は「侵入者」を示している。

 水野はスマートフォンを取り上げて上司を呼び出した。


「はい。」


「あ、水野です。髙さん。ただいま、外で、」


「うん。小川の車でしょう。僕達真後ろだから大丈夫。業務に戻ってちょうだい」


 ぶつっと通話は切れ、水野は不貞腐れた顔で佐藤の隣りに並んだ。


「なんだって?」


「知っているから大丈夫って。小川の車って本当?」


「本当。そして、本当に親父達が後ろで観賞している」


「観賞?」


「悪さしないかな?って眺めているってこと。あいつら陰険じゃない」


 佐藤は水野に答えながら、彼女達が警察にいるのは楊達に警察へと勧誘されたからであったと思い出していた。

 暴れん坊の彼女達が警察入りしたければ、問題を起こしてはいけないという縛りができる。


「うっわ。さいあく~」


 水野は佐藤の捲るカーテンの隙間から外を眺め、楊の車と林裕一の遊び友達であり殺害の実行犯らしき小川翔を含む三人の男性が次々と黒のSVU車から降り立つ姿を確認すると、監視カメラに戻ろうと視線を今までいた机に戻した。

 すると、モニターを四分割した監視カメラ映像の一つは玄関付近を映しているものだが、そこをスッと誰かが歩いたのである。


「え、ちょっと。既に侵入者がいる」


「まさか」


 二人でモニターのある机に走り寄ったその時、カメラが一つ弾けた。


「うそ」


 四分割の画面の一つは砂嵐の四角いだけのスペースとなっており、生きているカメラ映像はリビングと階段、そして一階廊下は何事もない映像である。


「駄目になったのはどこ?」


「二階」


「武本君がいるところじゃない。どこから侵入したっていうの?そこだけ巻き戻せる?」


 佐藤は言うや否や手近の町田エアグレイスのパンフレットと近隣地図を見比べ始め、水野は機械の操作に取り掛かった。

 そして、すぐに両名が大きく「げ」と声を出したのである。


「どうしたの?」


「見て、カメラ切れる数秒前に、変な女の人が横切った。女の人だよね」


 佐藤が水野の示す映像を見れば、二階廊下を横切った影だ。

 スカートみたいなヒレが見て取れたので、水野は女性だと言ったのであろう。

 だが、その影が進んだ斜め方向は壁しかない。

 佐藤は少し寒くなった気がしたが、自分の常識に頼る事にした。


「見間違いだよ。一瞬だし。壊れる前のカメラレンズの故障じゃない?」


「そ、そうかな?さっちゃんこそどした?」


「和室方向。ここは普通のガラスだし、歩行者専用道路があるじゃない。地図に無いけど、ほら、パンフレットには囲むように。」


「でもさ。柵がついているじゃん。」


 佐藤は無表情の顔を相棒にむけた。

 子供が悪さをする時に、大人を誤魔化す時の顔だ。


「なに?さっちゃん。」


「……私達がね、廃工場でたむろってた馬鹿を襲撃した時はどうしたっけ?」


「……壊したね。バキバキに柵ぐらい壊していたね。ちくしょう!」


 言うが早いか水野は監視小屋を飛び出して、武本がいる家に向かって走っていった。数秒しないで水野の怒鳴り声が住宅地に大きく響きわたり、取り残された佐藤は椅子に深く座り直した。

 もし親友が違法行為を行ってしまったら庇おうと、画像を監視する仕事を続ける事にしたのである。


「いざという時は、どこを破壊すればデータが全部飛ぶんだっけ。面倒だったら全部粉々にして水を入れちゃえばいいかな」


「かえって証拠隠滅の証拠になるじゃない。データの誤魔化し方なんてごまんとありますから心配なく。知ったら普通の刑事さんになれませんけどね。君はそれでも知りたい?」


 佐藤の後ろには髙が立っていたようで、しかし、気配を感じなくとも外に彼がいることは知っていたので、彼女は片眉を上げただけで、驚きも振り返りもせずに彼の登場を受け入れていた。


「普通の刑事になれないのならば結構です。それよりも、その気配を殺した移動方法こそ知りたいですね」


「はは、君は豪胆だ。合格。君達は四月から刑事昇格だから頑張ってね」


 今度の佐藤はがたんと大きな音を立て、椅子も机も跳ね除ける勢いで立ち上がった。

 そしてぐるっと振り返ると、後ろの男を殴り飛ばす勢いで叫んだのである。


「ふざけないでください!四月だなんてずっとずーと先じゃないですか!」


 嬉しそうに笑う上司は、本当に楽しそうに笑い声を上げると、佐藤達を高校生時代に警察に誘った時のようにして彼女を諌めた。


「だからね。昇格したかったらもう少し大人しくしていようよ」

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