表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/45

襲撃

 完全な正方形の部屋の内部は前回と変わったところもなく、一人では入りたくない寂しい空間のままである。

 青空に白い雲模様の壁紙に、草原のような色合いの絨毯が敷き詰められているが、絨毯は経年焼けがあるものの新品同様で家具の跡もない。

 このような事実が、購入されて子供部屋として夢を持って内装されていたにもかかわらず、この部屋がずっと空っぽのまま存在していたことを痛感させた。


「まるで、期待されてた跡取りなのに、未来のない僕みたいな部屋だ」


 自分で言ってその言葉の攻撃力の高さにあえぎ、一人ぼっちの独り言は危険だと、気を取り直して掃除に集中することにした。


「さて、コンセントはどこかな」


 無いのである。


 コンセントの駄目な配置図の例を思い浮かべ、一番多いという「ドアを開けると隠れてしまう場所」をドアを閉めて確認するが無い。

 なぜこの場所が駄目な例なのか、考えてみて欲しい。

 ドアを閉めてコンセントを使用中に、誰かが入室してきたとしたらどうなるか。

 コードなどぶっちぎりである。

 次の失敗例は「高い位置に設置している」場合。

 ここは子供部屋なので、ローチェストを置いたことを想定した大体の位置に手を当てて壁沿いに部屋を歩いた。


 あった。


 白い雲の真ん中に目隠しカバーがついていて、尚更見つかり辛かったようだ。

 コンセントを突っ込んだその時、僕は全身がビシンと痺れた。


「あっつ」


 その場にしゃがみ込んだ僕の上には、金属の短い棒を振り上げる男の姿。幻影だと知っていながらも、僕は頭を抱えてその棒の襲撃に身を縮こませた。


「ここか?」


「ここだよ。サイレンで大騒ぎだったとメールが」


 外に急に響いた若い男の声に、僕を殺そうとする男の幻影は掻き消え、代りに僕は大きく息をつく事ができた。


「メールって、他のヤツにバラしたのか?」


「誰にも言ってないって」


「でもさ。いいじゃん。薬が足りないくらいさ」


 外からは複数の若い男の声が響いており、僕は慌てて廊下に出た。


「警察の人?」


 階段の小窓が覗ける位置まで恐る恐る進み眼下の光景を見ると、揃って同じような服を着るくらいの仲良し三人組が玄関前にいる。黒地に金文字と金ラインが入っている悪趣味なジャージなど、よほど仲が良くなければ揃いで誂えたりしないはずだ。

 僕がいぶかしく眺めていると、創造性豊かな色合いの頭にしている仲良しの方々が、ドアを蹴ったりノブを引っ張ったりしてガチガチ音をさせはじめたではないか。


 三人のうち二人がリビングルームの方へ移動した。

 ガラスを割って入るのは猿でもできる。

 リビングルームのガレージ側の大窓は防犯ガラスだが、割れにくいだけでいつかは割れる。あるいは枠ごと壊せば防犯ガラスの意味もない。

 バールのような物を持っているのだ。

 彼らは必ず入ってくるだろう。


 僕は主寝室に駆け込み、緊急事態だからとクローゼットの中に飛び込んだ。そして、急いで「かわちゃん」を呼び出すべく電話を掛けた。その瞬間のその時、家の裏に走りこむ足音と、ガラスの割れるいい音が家中に大きく響いた。

 和室は普通のガラスだった。そういえば。


「オラ、てめぇ何してんだ!」


 女の怒声が家を揺るがし、すぐ後にダダダダと和室からリビングへ駆け抜ける音だ。


「逃げんじゃねぇよ。お前、その顔覚えたからな!」


 先程の三人組とは別の男の怒号に、僕は自分の死を確信した。

 もしかしたら、殺されるかもしれない、と、浮かんだその考えを僕は頭の片隅に押しとどめようと頑張るのだが、その不幸な考えを考えたのは僕自身なのだから、押しとどめることはおろか、不安など解消できずに脅えるだけ脅えるしかできないのである。



 吐き出す息はだんだんと白く濁り、夜気で悴む体を抱えながら、僕は傷つけてしまったであろう友人のことを考えていた。


「これでおしまいだから」


 鞄を開けた。鞄の中では薬のシートの束が銀色に鈍く輝いている。

 友人の一面に驚くだけで、彼は失望などしていなかった。


「これを返したら終わり」


 三人の男の影が目の前に現れ、その影はぎゅんとアニメの様に伸びると、一斉に僕に向かってその長い長い、鋼鉄の様に固い腕を振り下ろした。


 ガシュン!ガン!ガン!



 脅えていた僕の脳みそに流れ込んで来たのは、あの死体の最後の記憶、自分が殺される場面そのものだった。


「僕はあんな殴り殺される死に方は嫌です。痛いのも苦しいのも嫌です」


 僕がぶつぶつと呟いて現実逃避をしても別にいいだろう。

 何しろ階下の金属音を含んだ騒音は止まる気配が無く、それどころか殺された青年の記憶の残像までも僕に押し寄せているのに、耳に当てている命綱の筈のスマートフォンからは無常な音が鳴り響いているだけなのだ。


「かわちゃん、かわちゃん。どうして出てくれないの?」


 ぷつっとコールが止まり、僕が話そうと口を開けたが、電話口からは持ち主は出ることが出来ないというメッセージだ。

 僕は愕然としながら通話を切り、マナーモードにしてかけ直してくれることを必死に願った。僕には縮こまって願う事しかできない。階下からは壁を蹴ったり、何かを酷くぶつけたり、走り回る音が続いているのだから。


「どうしよう。どうしよう。110番って何番だっけ」


 どおん!


 大きく家が震動して、何事もなかったかのような静寂に戻った。

 違う、静寂ではない。

 今度は大きな家鳴りが下の音に共鳴したのだ。


 ダンダンダンダンダンダン。


 だが、家屋の侵入者達は逃げる気はないようで、未だに人の存在感とガタゴトと物を動かす音が響いている。トントントンと階段付近に歩いてくる足音を認識し、望みが失せたと感じた瞬間、ようやく両手に捧げ持つスマートフォンがぴかっと点灯した。


「はい」


「警察だ。ワン切り業者だったら挙げるからな」


「かわちゃん、助けて。侵入者」


 電話から流れた楊の声にホッとしながらも、侵入者に見つからないように声を抑えた。


「さんをつけろよ。お前今どこ?」


 侵入者は階段を上がり始め、自分の心臓がバクバクする音がクローゼットに響く。


「かわちゃんさん。エアグレイスひばりのあの家です」


 一層声を潜めて応えると、「違う!」と笑いを含んだ声が応えた。その声にホッとしたのもつかの間、また部屋が鳴った。


 ごごごごんん。


「うわ、何?いまの音。何が起きたの?」


 彼は家の中に居たらしい。

 再び家が鳴る。


 だんだんだんだんだんだんだん。


「お前か?」


「違います。鳴っているのは家です。家が鳴っているだけだから。でも、僕は動けません。動けなく……なり……ました」


「動けないって?」


「……あ…………の」


 僕の手からスマートフォンはゴトリと床に落ち、僕がしゃがんでいたからスマートフォンが壊れなくて良かったと考えながら、僕もしゃがんだ形のままゴトリと横に転がった。ごつんと床に頭を打ったが、それはかまわない。これから意識を手放すのだから。


 ここはクローゼットの中である。


 秘密が沢山あるはずの場所は、思いが篭り易いのだ。

 知っていて潜った僕の失態。

 死んだという概念が無いものが命を失った時、それはいつまでもそこに残る。殺されて、物のようにここに片付けられて、そして、存在を見過ごされたものの残滓。

 僕は発作が体に起きていて、話すことはおろか、石のように体がカチカチに凍っていくのを感じていた。これは死後硬直なのだろうか。僕は既に死んでいるから、死んでいることを思い出す度に死を繰り返すのであろうか。

 僕の瞼はゆっくりと下がり、意識を失えば僕の体温は室温にまで下がるだろう。


 僕は既に死体なのだから。


 ドン。ダダダダダダダダダダ。


 家鳴りのお陰で僕の意識は完全に失われず、瞼がそっと少しだけ開いて見えたのは、目の前のクローゼットの扉が音を立ててがたがたと振動している様子だ。


 まるで僕自身が助けてと扉を叩いているかのように。


「お化け屋敷そのものだ。僕もお化けだから、お似合い」


 ダンダンダンダン。


「大丈夫か!」


 クローゼットの扉は開かれ、スマートフォン片手でクローゼットに飛び込んできた男は、驚きの表情のまま倒れている僕を掬い上げた。四日前と同じ灰色のスーツ姿に四日前と違って眼鏡はなかったが、僕は楊だとわかっていた。


 そうだわかっていたのだ。


 あの日、僕がもう一度死んだ日に僕の体を受け止めた人であったことを。


 意識が無くとも知覚できることはあるものだ。

 僕は楊の腕の中に入り込むと、あの日と同じように、そっと意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ