『異世界おもてなしご飯〜巻き込まれおさんどんライフ〜 (旧題 異世界でおもてなし〜おねえちゃんのご飯は最強ご飯〜)』
この作品には確か日間ランキングから辿り着いた……んだったかな?
文章力が素晴らしく、美味しそうなお料理やキャラクターが活き活きとしている描写にすぐに引き込まれてしまった覚えがあります。
まだ詳細は不明ながら書籍化が決まったとの事でもっと多くの方の目に触れるといいなあと思ったり。
【あらすじ】
主人公である茜とひよりの姉妹は、事故で両親を亡くした後祖父母の家に引き取られる。
しかしほどなくして祖父母も亡くなってしまい再び二人きりになってしまうが、茜は働きながら必死に妹・ひよりの面倒を見てきた。
そんな日々を送っていた最中、世界を救うための聖女として妹・飼い犬と共に家ごと異世界へ召喚されてしまう。
……が、実は聖女だったのは妹の方でありお姉ちゃんは召喚に巻き込まれただけだった。
聖女でないとはいえお姉ちゃんが邪険にされる事はもちろん無く、召喚されたのが城の敷地内だった事もあり一緒に召喚された家で不自由無く暮らす事になったお姉ちゃん。
しかし聖女の姉という立場の重要性からロクに外出も出来ない状況で、普通に働いていた現代人であるお姉ちゃんは徐々に暇を持て余し始める。
そんなある日、姉とは別の場所で聖女としての教育や訓練を受けていた妹・ひよりが
「お姉ちゃんのプリンとご飯が食べられない生活なんてもう嫌!」
と泣きついてくる。
事情を聞いてみると、聖女としての教育が辛くなった訳ではなくホームシック的な感じで大好きな姉の料理が食べられないのが我慢できなくなってしまったとの事。
そんな妹に愛しさと若干の呆れを感じながらも、お姉ちゃんは異世界で妹のために料理を作っていこうと決意するのでありました。
……といったあらすじとなっています。
この物語の魅力を語る上でまず挙がるのがタイトルにも入っているお料理。
家ごと召喚された上、(主人公曰く)謎パワーのおかげで電気ガス水道がそのまま使える事もあり、現代家庭料理は問題無く作れる環境。調味料や保存食、お酒なんかも家の倉庫にそれなりに貯蔵されている。
そんな状況下で現代の食材と似たような異世界の食材を使ったりしながら妹のために料理を作っていくのですが、物語が進むにつれ偉い人から人外な存在まで、成り行きだったり頼まれたりしたりと理由は様々ですが色々な人に料理を振舞って行く事になっていきます。
主人公が料理上手な一般人であった事もありお料理自体は割と馴染みのあるメニューが多いです。
そしておそらく作者さんも料理をする人なんだろうなあと思わされるような、作っている風景が思い浮かぶような調理描写が素晴らしく、馴染みがある=想像しやすい事も重なりいやがおうにも完成品に期待が膨らみます。
食べるパートに関しても各キャラクターの目を通して美味しそうに描写するのはもちろん、じゅわじゅわと焼ける音、辺りに漂う匂い、鮮やかな見た目、温かいものや冷たいもの等々、文章力でもって五感をフルに刺激して美味しさを伝えてきます。
また晩酌関連のお酒やおつまみの描写なんかはそれを嗜める人にとっては特に堪らないかも知れません。
それとこういった異世界で現代料理を作る作品では珍しいなと思う点として、異世界側の料理もちゃんと美味しそうに描写されているという点があります。
度々異世界の現地料理が出てくる事がありますが、その都度丁寧な描写で美味しさが書かれており異世界側のお店(料理人)もその時代背景の中で出来る最大限の工夫を凝らし丁寧に調理しているのが伝わってくるのです。
長きに渡る食への探求の集大成たる調味料や香辛料を使った現代の料理も素晴らしいのですが、その時代で出来うる工夫や技術を凝らした異世界の料理もまた素晴らしい。
どちらが優れているではなくどちらも素晴らしい。そんな所もこの作品の魅力の一つだと思います。
料理に関する事だけでえらい文章量になってしましましたが、それだけこの作品はお料理に関する見所が多いと言う事でもあります。
とにかく美味しそうで登場する料理の飯テロ度が高いので空腹時は(じゃなくても)お気をつけて頂きたいです。
次に魅力的なキャラクター達についてです。
召喚された姉妹、召喚した王族の人達やその従者の人達、聖女と行動を共にする王子、主人公の護衛騎士、騎士団団長、気難しい宰相、怪しい商人、etc。
身勝手な要求をする他国のお偉いさんなどについて登場人物の話題の中で触れられる事くらいはありましたが、少なくとも物語に絡んでくるような明確な悪役的存在は現時点では登場していないです。
性格面でも振る舞い的な意味でも多くの個性的なキャラが登場しますが皆良い人達です。優しいというのみならず相手の事を思いやれるという意味でも。
異世界召喚とは悪い言い方をしてしまえば人攫いとも言えると思います。
その辺りをあまり描写しなかったり、最悪喚び出した側が喚び出された側を奴隷のように扱うような作品も度々見受けられますが、この作品ではその辺りの配慮がしっかりしています。
主人公達は世界の危機を打開するために喚び出されたので召喚側である王国はその目的のために最大限のサポートを行うのですが、王族や国の関係者達は皆自身の行った事の意味を、姉妹に与えてしまっている負担を十分に理解して接しています。
異世界の住人として世界の危機に対処しなければならないという責務と姉妹への罪悪感。その板挟みで苦悩する程に。
聖女として一つの浄化を終えた際にその地の住人から感謝の言葉を述べられた際に、同行していた王子が
「一体どれだけの人間が、この浄化は幼気な少女の犠牲のうえにあると自覚しているのだろう」
と思うシーンがあります。
浄化された地の住人の感謝の意は本物であり他意など無いものでしたが、浄化の重要性や自身の責任感を認識しつつも聖女を聖女という存在ではなくひよりという一人の人間としてとらえる事の出来る王子だからこそ持つ事の出来た想いだと思います。
この物語のキャラクター達は皆相手の事を考えています。
主人公姉妹で言えば姉は必要性を認識しつつも危険な浄化を行う妹を案じ、妹は自分にしか出来ない事を必死に行うもそのために心配をかけてしまっている姉を案じる。
王国や浄化の関係者達も姉妹の重荷に心を痛めながらも世界の危機と言う問題に対処すべく影に日向にサポートを行う。
例え状況を受け入れても必要な事だと割り切ってもやっぱり辛い事は辛い。そんな双方向の思いやりが優しく、そして胸を締め付けられるように切ない。
物語全体としては優しい空気が流れておりコミカルな描写も多いのですが、ふとした瞬間にそういった背景がよぎり現状を思い出す。その辺りの配分も見事だと思います。
それと異世界特有の人外なキャラクターも度々登場します。
人外的存在やその王たる人外の女王、精霊達、龍などが存在し、個別(名前のある)キャラとしての登場数は多くないもののその強大な力を背景として物語や展開上重要な役割を担う事が多いです。
また個別の名前は無くとも人外の宴や精霊達が集まっているといった描写がされており人間と人外が共に在るという異世界情景を彩っています。
キャラクターに関してこの作品において特徴的な事として人間と人外との在り方の差異がしっかり描写されている事があります。
異世界系の作品において人間とそれ以外の種族が見た目や能力(やれる事や得意な事)が違うくらいの設定である事は珍しくありませんが、この物語における人外という存在は基本畏怖される存在であり人間と明確に違うモノとして描かれています。
見た目は美しいながら触れてしまうと「連れていかれてしまう」精霊の存在やそれに関連した演劇の存在、年に一度魔力が高まり人外が活性化する日など、交流に伴う危険や人外の恐ろしさについての描写もあり、みだりに接する事の無いよう異世界における様々な約束事が存在していたりもします。
主人公はそういったキャラクターとも交流を深めていく事になるのですが、出会いたての頃なんかはそういった脅威や得体の知れなさがうかがえてヒヤヒヤしますし、交流を深めてきてもふとした瞬間に「違い」や「恐ろしさ」を感じるシーンがあったりして、どこまでも「人間ではないんだなあ」と感じられます。
しかしだからこそ、違いを強調し容易に相容れないという描写があるからこそ、人と人外で様々な違いはあっても個として相手を好み尊重するという主人公達のやり取りが胸を打つのだろうとも思います。
この物語において人や人外といったキャラクター達の魅力が増して行く要素の一つとして、キャラクター達それぞれの「理由」が折を見て描写されていく事があると思います。
良い人や厳しい人や変わった人など、初登場時に「ああ、こういうキャラクターなのか」と思っていたキャラクターが登場の度に新たな面を見せていき、どんどんキャラクターの深みが増して行くのです。
厳しく接してくるキャラクターがキャラクターがそうせざるを得なかった背景を知る。
飄々として真意の読めないキャラクターの心の内を知る。
そういった描写が物語の展開に伴って自然に組み込まれているため気付くとキャラクターの魅力が増しているのです。
また物語の展開に伴って生じるキャラクター達の心情の変化や思惑・心の機微の描写も上手く、作者さんのキャラクター掘り下げの巧みさに舌を巻いてしまいます。
最後に異世界風景の描写についてです。
この物語は1年という浄化期間が予定されており、浄化が終わった後は召喚された時点の現代に戻れる事になっています。そのため春夏秋冬という四季の移ろいを基本として章が区切られています。
お料理の描写が素晴らしい事には触れましたがその素晴らしい描写が季節や風景の描写にも活かされており、四季折々の風景描写はもちろん、
渡り鳥のように空を往く竜達。
川辺で漂う水の精霊達。
魔力の高まる日、人外の宴での恐ろしくも美しい風景。
等々異世界特有の、異世界だからこそできる描写も度々見られます。
実際に見た事が無いような情景であるにも関わらず詳細かつ読みやすい描写によりまるで自分で見ているかのようにスッと思い浮かべる事が出来るのは本当にすごいです。
物語が進むにつれ、最初の頃は2話で1エピソードだったものが4話5話で1エピソードになったりとストーリーが物語において占める割合も増えてきます。
お料理にキャラクター(友情や恋愛要素等)にストーリー。この物語を読む読者が何をどの程度求めているかによっては各要素の配合具合の変化で戸惑いを感じてしまう人が出てくるかもしれないとは思います。
とはいえ短く読みやすい最初の頃にキャラクターの魅力を伝える事が出来ているため、物語が進むに従って1つあたりのエピソードが長くなっていても個人的にはさほど問題には感じませんが。
むしろお料理メインと思っていたら物語も面白くて作品の魅力や見所が増えたように感じるというか。
邪気の浄化という目的上どうしても明るいだけの物語ではいられませんし切ない展開もある。
ままならない状況下、それでも優しいキャラクター達が幸せになれるように願ってしまう。
物語はもうそろそろ折り返し地点でしょうか。
どんなお料理が登場するのか。キャラクター達がどんな風に過ごして行くのか。
今後も楽しみな作品です。
作品名: 『異世界おもてなしご飯〜巻き込まれおさんどんライフ〜 (旧題 異世界でおもてなし〜おねえちゃんのご飯は最強ご飯〜)』
URL: http://ncode.syosetu.com/n6332dr/
作者名: 忍丸 様
書きたい事書いていたらとんでもない量になってしまった。4000字オーバーって……。
魅力的な要素が多くて作品本編の感想も毎回ついつい長々と書いてしまうんですよねえ(言い訳)。