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1フォトジェニック幽霊

「こんなはっきりした心霊写真があるもんかよ」

 田中はまるで信じていない様子だった。無理もない。もしあたしが誰かにこんなものを見せられたら、きっと田中と同じことを言ったに違いない。

「猫を撮るつもりだったんだ。ほら、この女の子が映っている後ろ、陽が当たっているでしょう。そこに黒猫が一匹丸くなって気持ちよさそうに昼寝をしていたから、それを撮ろうとしたら――」

「そこにいないはずの可愛い女子高生が、こっちを向いて座っていたっていうのか? カズ子」

 田中は野球部の主将で見事なスポーツ刈り、普段から大声を出しているせいか、声がつぶれて野太い。真っ黒に日焼けした肌にポツリポツリと汗が噴き出している。

「この場所、あれだろう。ゲーセンに行く途中の近道だろう。俺もたまに通るけど、別に変な噂は聞いたことないけどなぁ」

 写真は大通りと大通りがぶつかる交差点の角を、少しだけショートカットできる小さな通りである。角にある大きな商業ビルの影になっていて、車が通るには少し狭い道でる。通学路ではないが、あたしは学校帰り、塾に行くのにいつもこの道を使っている。あたしの通う塾は、田中の言うゲーセンの入ったビルの2軒先になる。


「あと、この制服、この辺りじゃあまり見かけない気がするけど、どこの学校だ?」

 少し意外な気もしたが、確かに見かけない制服だ。田中は野球にしか興味がないかと思っていたが、なるほど健全な男子高校生ということか。

「あたし、ここ毎日通るわけ。わかる。これを見ちゃったときのあたしのビビりようったら、もうこの世の終わりがキター! って感じ」

「そうかぁ、なんかそんなにビビっているようにはみえないけどなぁ、それに、この子、よく見りゃ、けっこうカワイイじゃんかよ」

 田中はあたしのスマフォを取り上げ、画像を拡大して女の子の顔をアップにした。

「ちょっと、人のスマフォ、勝手に触らないでよ」

「あれ、この顔、どっかで見たような……ちがうかなぁ」

「ねぇ、ねぇ、そう思う、そう思うでしょう! あたしも最初気味悪がって、よく見なかったんだけど、確かに誰かに似ているのよねぇ」

 期末テストを控えて、田中も練習が休みになっている。うちの学校は勉強もスポーツも中の下。野球部はそれでも中の中の中くらいにはなったのだけれど、田中一人の頑張りでは、たかが知れているのだと、野球部マネージャーの優子が言っていた。優子とあたし、それに田中は中学三年間クラスが一緒で、高校も同じ。さすがにクラスはバラバラになったけれど、昔と何もかわっていない。


「そういえば、優子知らない? 優子にも見てもらおうと思ったんだけど……、さっきクラスに行ったら姿が見えなくて」

 田中はスマフォに映った女子校生をいろんな角度から見ていた。何の意味があるのかは不明だったが、田中なりに親身になってくれているのだろう。

「さぁ、今日は練習ないから、会ってないなぁ」

 昼休みが終わると次は体育だ。優子は隣のクラスで体育の授業は一緒にやることになっている。できれば、その前に優子に見せたいと思って、廊下をうろうろしていたところにちょうど田中が通りかかったのだった。

「田中、優子に用事があったんじゃないんだ」

「いっけねぇ、つい忘れるところだった。カズ子に用事があってきたんだよ。また、数Ⅰのノート、コピーとらせてよ。カズ子だけが頼りなんだよ」

 なるほどそういうことかと納得しながらも、"カズ子"という呼び方には納得いかなかった。

「あんたさぁ、いい加減その"カズ子"って呼び方やめてくれる? あたしにはちゃんと、夏目晶子という名前があるんですからね」


 皮肉なものである。夏目と言えば夏目漱石、晶子と言えば、与謝野晶子である。でもあたしは、読書は大の苦手。国語の点数は自慢できるようなものではなかった。けど、どういうわけだか子供のころから算数は得意で、クラスで負けたことはないし、中学に入ってからは学年でも常にトップクラス。それを皮肉って田中が付けたのが"カズ子=数子"というあだ名だった。


「だって、カズ子は、数子じゃん」

 中学を卒業してからも、その名前であたしを呼ぶのは田中と優子だけだった。

「いいわよ。貸してあげる。だけど条件があるわ」

 いいことを思いついた。

「なんでも言うことを聞きます。カズ子様」

 今しかないと思った。

「じゃあ、今日の放課後、この場所に行くの付き合ってくれる?」

 田中は意外そうな顔をしてから、拍子抜けに返事をした。

「いいよ」

「あと、もう一つ」

「いいよ」

「なによ、まだ何もいってないわよ」

「カズ子って呼ぶなって話だろう。いいよ。だけど、じゃあ、なんて呼べばいい? 夏目さん、それてとも晶子さん? いっそフルネームで呼んだ方がいいか?」


 やられた。まさか田中にしてやられるとは思わなかった。

「な、夏目……さん?」

「いいけど、気持ち悪くないか? 夏目さん」

「気持ち悪い、悔しいけど、すっごく気持ち悪い」

「だろう?」

「でも、だめ、ちょっと待って、それはあとで考えるから、とにかく、今日の帰り付き合ってよ」


 あたしは教室に数Ⅰのノートを取りに戻り、田中に渡した。田中は三回頭を深く下げ、気持ち悪いほどあたしを崇めてから、自分の教室に戻っていった。予鈴が鳴り、着替えのために男子が隣のクラスに移動する。変わりに隣のクラスの女子が入ってくるが、優子の姿が見えない。

「ねぇ、麻子ちゃん、優子、今日は休みなの?」

 隣のクラスで優子とも仲がいい小島麻子に声をかけた。

「篠崎さん、今日はお休みみたいだよ」

 小島麻子は、長い髪の毛をゴムで止めながら、明るく答えてくれた。

「めずらしいよね。篠崎さんがお休みなんて、初めてじゃないかしら」

 小島麻子の話だと、今朝のホームルームで担任から優子から休むと連絡があったとしか聞いていないそうだ。欠席者の連絡は風邪で休むときは病欠、身内に不幸があったような場合は忌引きと知らされるのが普通だ。メールをしようかと思ったけど、他の子に話しかけられて、タイミングを逸してしまった。


 体育の授業が終わった頃には、すっかり優子にメールをするのを忘れてしまい、放課後、田中に声をかけられてようやくそのことを思い出した。

『優子、どうしたの? 風邪でも引いちゃった?』

 メールを見ればすぐに返事を返してくるはずだけで、優子はそれほどまめにメールを確認するタイプじゃない。とりあえず田中を連れてあの場所に向かうことにした。

「ねぇ、誰だかわかった? あの写真の女子高生」

「いや、さっぱりだわ。カズ子は?」

「あたしも全然よ」

「優子にメールで聞いちゃおうかなって思ったんだけど――ああ、優子、今日休みだったみたい」

「へぇ、めずらしいな。マネージャーが休みなんて」

 いつの頃か、田中は優子のことをマネージャーと呼ぶようになった。優子も部員の前では田中のことをキャプテンと呼んでいるらしい。ただ、三人でいるときは、『せいちゃん』と呼んでいる。田中誠司だから"せいちゃん"なのだが、野球部には田中達也というもう1人の田中がいる。『田中君』が二人いるので、チームメイとは1年のときはそれぞれ名前を呼んでいたが、二年生になり、田中が主将に選ばれてからは、当然キャプテンと呼ばれることが多くなった。 

「写メ送って、優子に見てもらおうとか考えたんだけど、さすがにいきなり心霊写真を送るのはまずいかなぁと」


 田中が大声で笑った。

「そうだな。あいつ、結構、そういうの駄目だからな。幽霊とかお化けとか」

 あたしだって苦手だよと思いながらも、それを口にするのは何かしゃくにさわるので黙っていた。

「なぁ、カズ子」

「なぁに」

「やっぱ、カズ子は、数子だな」

 顔を真っ赤にして怒るあたしは、どこかほっとしている。過去につながっている自分を証明する存在があるとすれば、それは、あたしを過去から現在まで見てくれた第三者である。


 "観測者なしに世界は存在しえない"


 私は私を常に見ている。しかし、私が見ているだけでは、私の存在は証明できない。私を観測する第三者が私の存在を認めてこそ、私という存在は証明できる。そんな理屈っぽいことを考えている女子校生は、幸せにはなれないんじゃないかと優子に愚痴をこぼしたことがある。優子は笑ってこう言ってくれた。


"カズ子って、ロマンチストよね、そういう乙女には、それにふさわしい男性が現れるように、世界の方程式は作られているんじゃない? じゃなきゃ、世界はとっくに滅びているわよ"


 あたしが優子を何かと頼りにしてしまうのは、優子のそういう割り切り方、思い切りの良さなのだと思う。考えるよりも行動を先にするタイプの優子は、田中に頼まれてあっさりと野球部のマネージャーを引き受けてしまった。


 "だって面白そうじゃん"


 あたしにはとてもまねができない。もし田中があたしにそんな相談をしてきたら、どうしていただろうか。"いや、それはありえない"と思ってしまう。あたしは優子が野球部のマネージャーとして必要とされる能力が高い数値であることを瞬時に計算し、あたしの残念な数値と比較し、すぐに答えを出してしまう。

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