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就職。

ヒロイン登場回です。

 児童保護施設を卒業して、早3日。


 僕は今日も乞食をしに、西の住宅街の外門へと通っていた。


 結局、“闘い”は初日以降起こってはくれず、日々外門を行き来する商人達に声を上げ慈悲を乞うだけの日々である。


 転機が欲しい。今の僕は魔法も腕っぷしも自信が無いとは言わないが、闘技場は流石に早いし、身分的に公共区以外の地区には立ち入れない。そう、私有地で有る住宅街エリアの中に入ることすら許されないのだ。だからこそ、西の外門で乞食なんだが。


 そして、いつまでも乞食をしていると、いずれ顔を覚えられてしまい僕に恵む人は少なくなってくる。そろそろチャンスを掴みたい。


 そんな僕に、この日女神が舞い降りた。


「貴方、貴方で良いわ。1日雇ってあげるから、付いてきなさい。報酬は100LPよ。」


 そう言って僕を指差したのは、僕と同い年くらいで身なりの良い少女だった。ふんすと鼻息を荒げ、赤色の髪を揺らすこの少女との出会いが、僕に取ってまさに欲しくてたまらなかった転機であった。


 そしてこの出会いこそが、僕の人生にとって最大の転換点となることとなろうとは、この時点では流石に予想をしていなかった。






「貴方、名か番号を教えなさい。」

「名はございません、お嬢様。D-4の番号で施設でよばれておりました。」

「D-4ね、それじゃ着いてきて。貴方を試してあげるから、精々自身の利用価値を示しなさい。」


 僕を1日雇い入れてくれる事となったこの少女は、非常に丁寧な対応してくれた。まさか、非労働者の立場たる僕に名や番号を問うてくれるとは。殆どの場合、その場で適当に名前を付けられたり、番号を振られたりだと聞いていた。まだ雇い主が幼いからだろうか。


 そのまま僕は付き従い、住宅街へと入っていく。今の僕は「一時労働者」なので、近くに雇い主がいる場合に限り西の住宅街へ侵入する事が許される。つまり万一、この少女とはぐれてしまったら射殺されるから気が抜けない。


「おいD-4。私は、お父様から優秀な奴隷を探してこいと言う試練を出されたわ。貴方、誰でも良いから優秀な奴隷を知っていたなら紹介なさい。1人につき、100LP出してあげるわ。」


 歩きながらの道すがら、目の前の可愛らしい雇い主様はこんな質問を投げかけて来た。当然、コレに対する答えは決まっている。


「お嬢様のご慧眼には感服致します。何を隠そう、私が知る限りの一番優秀な奴隷とは即ち、この私に他なりません。それを見抜き、私に声を掛けられたお嬢様はさぞ優秀なお方なのでしょう。」

「成る程、貴方は愚図では無いようね。」


 そう、自分以外の奴隷を薦めるような能無しかどうかをこのお嬢様は聞きたかったのだろう。もし、他人を薦めたり、或いは“知らない”などと答えたりしたものなら契約を即座に打ち切られてもおかしくは無かった。即ち、住宅街への不法侵入で射殺である。


「続けて問うわ、私の家は何をしているか分かるかしら?」


 これは、実家の職を聞いているのだろうか。むむむ、難しいぞ。


 少女を改めて見る。身なりは良さそうだ。それくらいしか分からない。


 赤髪をカチューシャでまとめ、フワフワと温かそうなジャケットに合うよう三日月が掘られたネックレスを首から下げている。手には皮製の(恐らくだが人の皮)鞄を下げている。


 と、ここで幸いにも僕は気が付けた。


 ネックレスに掘られた三日月と同じ紋様が、彼女の鞄にも描かれているでは無いか!


「察するに、溢れる気品と優雅な佇まいからお嬢様はこの国を支える根幹とも言える貴族様で有るかと推測致します。」

「へぇ。へぇ、良いわね貴方。その顔を覚えてあげましょう。」

「貴族様に覚えて頂けるとは望外の幸せ。光栄で御座います、お嬢様。」


 装飾品や鞄に同じ紋様を掘るとなれば、即ちそれは家紋である可能性が高い。家紋を作ることを許されているのは貴族。どうやら、正答を導けた様だ。


 その後彼女はスイスイと人気の無い道を進んでいき、広い空き地へと連れ込まれた。遠くに的が3つ立て掛けられているのが見える。


 そして、僕らの近くに倒れていた箱を乱暴に開き、中から少し古い型の銃を取り出して僕に渡し、こう告げた。


「さて、ここは私の家の私有地。今ここで、貴方の魔法と銃の腕を見せなさい。」

「かしこまりました。」


 どうやらここで“闘い”のプレゼンをしろと言うことらしい。実を言うと、僕は銃に関しては実物を握るのは初めてだ。児童保護施設の訓練所でダミーの銃を撃った事しか無い。


 だが、戸惑う素振りを見せるわけにはいかない。受け取った後、迷わずにすぐ射撃体勢に入り、そして。


「やるじゃない。本当に私って、見る目有ったかもしれないわね。」


 3つ並んでいた(人骨)を撃ち抜けた。良かった、実戦と訓練にさほど大きな差が無かったようだ。イメージ通りに射撃できた。


「次。魔法防壁。私が貴方に向けて撃つから耐えなさい。」

「かしこまりました。」


 ジャコン。彼女が先程開いた箱から、彼女は先程僕が使ったのと同型の銃を此方に構える。


 ・・・少々、重心がぶれてたり脇が開いてたりと色々危なかっかしい。僕に当たるのだろうか。



「ファイア!」


 言わんこっちゃない。


 彼女の撃った弾丸は半分も僕に命中せず、残った弾も僕の防壁をぴくりとも揺らがす事は無かった。


「うん、合格よ。まず1人、父様に紹介できる奴隷が出来たわね。うん、じゃあ明日も貴方に付き合って貰うけど。同じく日給で100LP出すから、私が外門に来るまでに待機しておくこと。良いわね?」

「身に余る御評価に痛み入ります。この命を賭けて、確実に外門にて待機致しましょう。」

「ええ。期待しているわ。」


 そう言って髪を掻き上げた彼女は笑顔で去って行った。


 父に紹介出来る奴隷を探しているとは言っていた、つまりそこで気に入られることが出来れば。この年でいきなり権力者に飼って貰えることになるかもしれない。それも、商人では無く貴族様。


「・・・我が世の春が来たかもしれん」


 明日が待ち遠しい。取りあえず僕は、彼女に言われた通りに外門へと向かった。


 私が外門に来るまでに待機しておくこと。


 つまり、一晩中ずっと外門にて待機しておけと言う命令に他ならないからだ。当然寝るわけにもいかないだろう。万が一にも寝た状態で雇い主を迎えるなどもっての外である。明日は人生を大きく分ける1日だ。どんな不備も許されない。




 日暮れの後。騒がしかった乞食共の声が打ち消え静寂に包まれた外門で、僕は1人欠伸を噛み殺しながら長い長い夜と襲い来る眠気に勝つべく格闘するのだった。





「わ、本当に居た。」

「ほほう、キチンと見所ある奴隷候補を発掘出来た様だね、リリアン。感心感心。」


 朝日が昇るかどうかと言った早朝、昨日の小さな雇い主様は見知らぬ男性と共にやって来た。シルクハットを被り、快活に笑うその壮年の男性は、三日月の紋章を来ているスーツの左胸にでかでかと刺繍している。


「おはようございます、お嬢様。恐縮で御座います、お隣にいらっしゃる、気品溢れる旦那様に私は声をお掛けしても?」

「構わんよ。では付いてきたまえ。」

「かしこまりました。」


 どうやら、リリアンと呼ばれた雇い主様はいきなり実の父親を連れてきた様だ。つまり、貴族の一族などではなく、爵位をもった正真正銘の貴族。


 その貴族様が進む道は昨日のお嬢様が進んだ道と同じだった。つまり、昨日の空き地へと2人は歩を進めた。



「さて、奴隷候補。君は私に、1分程だけ試される栄誉を与えよう。1分以内に、この場で自身の有用性を提示せよ。」

「感激でございます。では、恐縮ですが。」


 願ったり叶ったり。ここで僕がこのお方に気に入られたなら、平穏な夢の奴隷生活が待っている。


 ここで失敗は許されない。


「旦那様、お嬢様。大変申し訳ありませんが一度だけ、お互いに見つめ合って頂けませんか?」

「ふぅむ? ・・・良かろう、ただし。私にここまでさせておいて期待外れだった時は、分かっているね?」

「勿論で御座います。必ずや旦那様の益となる能力を示して見せましょう。」

「当然だな。」


 そう言って、旦那様とお嬢様は私から視線を外した。


 僕が生き残るため、死に物狂いで習得した1つの魔法。小さな頃から馬鹿の1つ覚えの如く、極めたとっておきの切り札。それが、


「・・・ほう! ほうほうほう!」

「消えたわ! あの奴隷候補、何処に行ったのかしら?」

「あの奴隷候補が我らから5メートル以上離れてしまえば、即座に通報される筈だ。警報がならぬと言うことはつまり、まだ我等のすぐ側に居るはずである。珍しい、人族で光魔法を使えるか!」


 認識阻害魔法である。貴族様は何やら光魔法の“透明化”と勘違いなさってしまったが、指摘してしまっては貴族様の顔を潰す事になってしまう。黙っていよう。


 認識阻害魔法とは文字通り、“人から認識されにくくなる”類の精神魔法である。低レベルだと目立ちにくくなるため奇襲の成功率が上がる程度で、補助として習得する人も多い。ちなみに妖精族の十八番だったりする。


 そして僕のようにある程度高レベルになってくると、“目の前に居るのに脳が認識しない”なんて現象が起こってくる。人族にも適正がある性質魔法の1つではあるが、認識阻害に特化する人はあまり多くない。理由としては攻撃力が無いこと、光魔法の“透明化”の下位互換と思ってる人が多い事などが挙げられる。


 “透明化”が問答無用に視覚的に消えてしまうのに対し、“認識阻害”では術者が相手に意識され続けると認識阻害が出来ず破られると言う、誰でも出来てしまう割と致命的な弱点が在る。だから透明化より対策は取りやすいと思われている。



 だが、裏を返せばそれ以外に対策は無い。“透明化”であれば、水等を地面に撒き泥場にすれば足跡から位置が割り出せるし、耳や鼻の利く獣人系だと視覚以外により大まかな場所を探知される。“認識阻害”であれば泥場で在ろうと足跡に注目できなくなるし、耳や鼻が利いても脳が認識しないのだから意味が無い。


 つまり透明化の方が、後から取れる対策は多いのだ。


 更に透明化は光魔法さえ使えれば習得は割と容易で有るのに対し、目の前に居ても認識出来ぬほどの認識阻害を習得するには才能が有っても数年がかり。僕レベルの使い手は貴重だと言える。


 だからこそ、そこにニーズは生まれるはずだと僕は睨み、盲目的に信じて鍛錬に半生を費やした。


「如何でしょうか、旦那様。」

「む、そこに居たか。結構なモノだ、初見ならば間違いなく裏をかけるだろう。君は、闘いの経験はあるのかね?」

「御座いません。私の魔法をお目にかけたのも、旦那様が初めてで御座います。」

「ますます結構! 良かろう、ならばここで君と契約しようじゃないか!短期の3ヶ月ではあるが、当家が君を奴隷として生命を保証してやろう! そして3ヶ月後、我が家には負けられぬ“闘い”が有る。そこで我等が勝利できたならば、貴様は終身契約だ!」


 こうして僕は、狙い通りに力の有る貴族に目を付けて貰い、闘い用の奴隷へと昇進した。僕の能力は、単騎では頼り無いがチーム戦においては絶大な威力を発揮する。


 勝てば終身雇用。つまり、もう“いつ殺されるか”“いつ餓死するか”と言った恐怖から解放され、従ってさえいれば平穏で文化的な生活が保証される。


「私の全身全霊を賭けて、旦那様へ勝利を捧げましょう。」

「ああ、期待してやろう。そしてリリアン、よくぞ我が期待に応えて見せた。親として誇らしいぞ。」

「ありがとう、パパ。少しでもパパの力になれて嬉しい!」



 そう言って抱き合う親子は、とてもこの優しくない世界には似つかわしくない、平和な光景だった。前世の日本では見慣れた光景かもしれない。だが、目の前で当たり前のように互いに愛し合う親子に、僕は違和感しか感じなかった。










「着いたわ、D-4。ここが今から3ヶ月、貴方が務める家。取り敢えず雑用とかやって貰う事になるけど、詳しいことはエルメに聞いて。」

「かしこまりました。」


 僕の就職試験の後、機嫌のよさげな貴族様は僕を凄い豪邸に案内した。エルメ、と言った方が僕の上司の様だ。


「エルメ、エルメは有るか?」

「ここに。お帰りなさいませロシェンヌ様、リリアン様。」

「出迎えご苦労。・・・新たな奴隷だ。教育を頼む。おい、D-4と言ったか?そうだな、今日我に見事な能力を示した貴様に、特別に我から名を与えよう。これより貴様は、“デュフォー”と名乗るが良い。」

「ありがとうございます。心優しき旦那様からのご好意、このデュフォー感激でございます。」

「うむ。この家の為、励むと良い。」


 そう言ってカッカッカと笑う旦那様、僕に手を振ってくださったリリアン様に礼をする。2人が去った後、エルメと呼ばれた黒髪のメイドが僕に話し掛けてきた。黒い眼鏡をかけ、髪をショートカットに切り上げたまだ十代だろう彼女は、如何にも自分は有能ですと言う風貌であった。


「旦那様に気に入られたみたいね。貴方はとてもとても幸運だわ。あの方ほど優しい貴族様を私は見たことが無い。」

「はい、さようで御座いますエルメ様。」

「様は要らない。敬語も簡素で良いわ。私も所詮、所詮は奴隷なのだから。」

「了解しました。エルメさん、で宜しいですか?」

「そうね、そんな感じで良いわ。着いてきなさい。君は見たところ、児童保護施設を出てから1年経ってないみたいね。なら余り難しいことはさせないわ。今日は取り敢えず、貴方に皿洗いと床掃除を覚えて貰う。」

「失礼ながら、遠慮は不要です。何をやれと言われてもやり遂げる自信はあります。」

「家事奴隷の仕事を奪うなと言っているの。そもそも、そもそも旦那様は戦闘奴隷を連れてくると仰っていた。家事に手を出されて中途半端な仕事をされたらとてもとても困るわ。」

「ごもっともです。出過ぎた言葉を許してください。」

「はぁ、敬語がまだまだ硬いようね。・・・続けるわよ、ウチに貴方以外に奴隷は4人。1人、貴方と同じく戦闘奴隷が居るから。彼には夜の間に挨拶に行きなさい。」

「分かりました。」


 あらら、戦闘奴隷は僕の他に1人だけか。人数が少ないと“闘い”は当然不利になる。成る程、それで新戦力を探していたと言う話ね。とは言え2人は辛いな。旦那様も“闘い”の場に立たれるとして、場にはわずか3人。相手の人数次第では僕のマークを外される事が無さそうだ。前にみたロックさんみたく、黒服を10人単位でズラッと並べて欲しかった。それが僕が1番生きる闘い方だ。


「では、まず着替えてきなさい。今から案内する使用人室に、確か10才前後用の服も有ったはずだわ。そして旦那様がたが朝食をお召しになった後、貴方に食器を洗って貰う。出来るわね?」

「ええ、完璧にこなして見せます」 

「頑張りなさい。その後、奴隷で集まって食事だからその時に自己紹介ね。・・・良かったね、デュフォー。この家の一員になれて。歓迎するわ。」



 そう言ってエルメは僕に笑いかけてくれた。





 児童保護施設を出て4日。降って湧いた転機を見事にモノに出来た僕は、今まで愛用していた、無地の乞食御用達の服を捨て黒い使用人服に身を通す。


 僕の、新たな生活が始まる。



現在の所持品

使用人服(三日月の紋章入り)

水入れケース(枯渇寸前)

肉を包んでいた布

身分証明書(奴隷に書き換え)


健康状態:やや疲労

精神状態:正常


LP:200

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