4.白色
…ひたすら逃げた、必死だった。
ボクが駆けている道は大通りのようで、幅は広い。
その広い大通りにもまた、化け物はうろついていた。
奴らは石畳を叩く音に反応して、呻き声と共にゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
瞳が本来あるべき筈の場所に、ぽっかりと空洞を当て込んだ目を。
……だから、決して顔を上げたりはしない、下を向いて走り続ける。
もしアレをまた目にしてしまえば、ボクの恐怖心は再び最大まで叩きあがるだろう。
それで足が止まってしまえば死ぬ、間違いなく。
…脇の路地から化け物が飛び出して来…飛び出してっ!?
「っ、ぁ…!?」
奴らはこんな俊敏な動きはしなかったはず──そんな困惑も置き去りにして、化け物はボクを組み敷いた。
空洞がボクを、見下ろす。
身体が凍り付く、抵抗しなければならないのに、恐怖が四肢を縛り付ける。
気味の悪い汗が全身から吹き出て止まらない。
きっと力でも勝てない、けれど今は抵抗する力すら出せないでいる。
化け物は、餌を前にして喜ぶように大きく呻き、人では決して開かない程大きく口を開き…
……こんな死に方は、嫌だ。
そう思ったボクの目には、その化け物の動きは酷く緩慢に見えた。
さっき見えていたよりも、ずっとずっとその速度は遅い。
怖がらせている?そんな筈は無い、ならば弱っているのかな、けれどきっとそれも違う。
思考を巡らせるうちにも、どんどん動きは遅くなっていき、やがて止まって見えるようになった時。
…自分が早いのだと気づいた。
走馬灯、きっとそれに似ている。
死ぬ直前の現象…あぁ、やっぱり死ぬことは変わらないんだ。
だって何も動かせない、死の恐怖が引き伸ばされただけで、自分は運が悪いなと思ってしまう。
…身体の中に何かあると、そう気づくまでは。
血と一緒に流れている…いや、血とソレは…"重なって"流れている。
目で見えている訳でも無いのに、流れているものが分かる。
今気づいたばかりで、決してそれが何かも知らないのに
──どうすれば良いのかが、分かる。
化け物の顎はボクの首を狙っている。
だから、首元からそれを取り出す。
目には見えない、だけど血のように熱を持った何か…それを使うには、思考さえできれば良い。
イメージする、取り出す、首の前で固めて形にする。
死にたくはない、生きたい、逃れたい。
止まった時間、凍り付いた視界の淵で、何かが白く発光していた。
…『魔力』。本で読んだだけの単語、存在しない筈の物の名が、パッと頭に浮かぶ。
簡単には信じ難い、けれど今はここにある…生きたいのなら、使うしかない。
魔力は球体へと形を変え、ハッキリとした白色へと変わり始める。
これならきっと、十分だ。
「──射出」
宣言する。
止まった時間が動き出す、凍った視界が溶けていく、襲うものは加速する。
だがその頭部は数寸も動かぬうちに
しゅっ、と
白い球に撃ち抜かれ、小さな音を残して消失した。
【思考加速:EX】
【魔力具現:9/12】
【魔力操作:8/12】
…直後に脳裏に浮かんだ文字は、一体何だったのだろう。