楽しむ事と楽しまない姿勢について話をしよう
「聖なる夜。綺麗な響きだと思わないかい?」
「字面だけを並べても何も有りはしないわ。現実を見なさいな」
「手厳しすぎて泣けてくるよ。なんだい?その憐れみの視線は」
「憐れんでいるのよ。まったく、みっともないったらないわね」
「流石はマスター。まるで容赦のない言葉だ」
「あら、御免なさい。お客様が大変不愉快な顔をされていたもので」
「誠意のこもった素敵な謝罪だ。今日の珈琲はいつもより苦味が強いね」
「それなら結構。そもそも、世の中の浮かれように触発され過ぎなのはどうかと思うの」
「ハロウィンには、嬉々として仮装をしていたマスターの言葉とは思えないね。興味深い話になりそうだ」
「あら、その小馬鹿にした顔は何のつもりかしら?」
「まさか、僕が親愛なるマスターを馬鹿にするだなんてそんな」
「悔しいほどの笑顔を有難う。間違えてミルにかけてしまいそう」
「芳醇な香りの一部になれるんなら光栄だね」
「まったく、口の減らない人ですこと」
「そこまで僕が珈琲愛好家って事だよ。それで、どうしてそこまで嫌悪を?」
「別に、嫌ってる訳じゃないわ。ただ、なんとなく好きになれないのよ」
「とあるカボチャの祭典では不特定多数で騒ぐのに、聖夜の夜となると、その趣旨自体が変わってしまうからかな?」
「ええ、大変不愉快な比喩表現ね。本当に見透かしたようなことばかり言う人」
「マスター、柔軟に考えよう。単純でいいんだ。深く考えすぎなんだよ」
「じゃあ、あなたはどう考えてるっていうの?さぞかし素敵な光景が目に浮かぶんでしょうね」
「凍えるような寒さの中、ひとり家路を歩いているとね。賛美歌が聞こえてくるんだ」
「だからどうしたって言うのよ。まさか、それだけで浮かれてるんじゃないでしょうね」
「キカッケなんてどうでも良いんだ。ただ、その流れに乗らないのは惜しいと思ったんだ」
「結構なことね。私はそこまで単純に物事を考えられないの」
「これは思ったよりも重症だね。プレゼントの一つでも貰えれば事態は好転するのかな?」
「プレゼントもなにも、その日は他所のケーキ屋にお客様すら取られてしまうんですもの。悪夢のような閑散日だわ」
「ああ、なるほど。それは切実な話だね」
「まったくよ。ほら、こんな無駄話はもう止めましょう。せっかくのひと時が台無しだわ」
「仰せのままに。僕らは僕ららしく、まったりと過ごすのも良いね」