無駄な時間について話をしよう
「……とても無駄な時間を過ごした」
「何よ、突然」
「いや、マスターは無駄な時間を過ごしたと思った事はあるのかなと……」
「貴方風に言うなら、何をもって無駄な時間だと定義するのか分からないけど、おおよそ記憶にないわね」
「流石はマスターだ。今回ばかりは嫌味なく感服するよ」
「あら、そこまで泰然自若に生きている貴方に、そういう経験があるって言うの?」
「あるさ。あり過ぎて困っている。それに今となっては無駄な時間を思い出す時間すらも無駄だと感じるから困ったものさ」
「悪循環ってやつね。確かに不毛な時間だとは思うけれど、そこまで思いつめるものかしら?」
「何も考えず気楽に鼻で笑っている性格に憧れすら覚えるよ。それは何と幸せなことなんだろうね」
「そこで私に視線を移すあたり、お客様は今日も私に喧嘩を売っているのかしら?」
「喧嘩を売るだなんてとんでもない。僕は素直な気持ちを吐露しただけだよ」
「なお悪びれた様子もなし。とんでもない人ね、貴方」
「溜息は似合わないよ。何か気に障る事でもあったのかい?」
「あら、火に油を注ぐって言葉をご存知かしら? 何事にも下限が必要って事をお分かり頂かないと――」
「おっと、まだホットを浴びる季節じゃないね。いや、季節関係なくマスターのおいしい珈琲をそんな風に消費したくない。それは僕の癒しの元だ」
「甘ったるい言葉をどうもありがとう。その程度で私が懐柔されるとでも?]
「でも、悪い気はしないだろう?」
「下手な流し目はもう結構よ。そんなもので流されてたまりますか。そろそろ本題に戻りましょう――道化はやめてね」
「まいったな……そこまで今の僕は演じているように映るかい?」
「自分で演じている自覚があるなら、総じて他人からもそう見えるものよ。覚えておきなさい」
「……ああ、今日ばかりは頷かざるを得ないね。じゃあ、あらためて聞こうか。マスターは今までで無駄な時間を過ごした事は?」
「無いわよ、そんなもの。だって、無駄だと思えたのなら、それは一つの教訓よ。人の人生において教訓ほど代えがたいものはない――でしょ?」
「なるほど、ようするに自分の気持ちの持ちようってことかい? まったく――何て遠回しな説明を」
「あら、これは何処ぞの誰かさんがいつもしている事じゃない。どうかしら、私的にはかなりの出来なんだけど」
「僕はそんなひねくれきった人間じゃないよ。でもまあ、悪くない。これこそが有意義な時間だったのかもね」




