時に苦く、然れども甘い大人の話をしよう
「手紙を記すという行為は古めかしさもあり、個人的には嫌いじゃない行為だ」
「古い文化は一種の美学よ。過去を振り返るのは人間の性みたいなものじゃない」
「自分が達観した人間だとは公言出来ないけど、確かにその節はあるね」
「達観した人間が、自分のことを達観していないといっても説得力なんて皆無よ」
「生憎と真理を見渡せるほどの慧眼は持ち合わせていないよ。買い被りすぎな意見だね」
「私が言った達観は皮肉よ。あなた、知ったような口を聞くのも。そのせいでしょ?」
「もう少しお手柔らかな評価を頂けると助かるね。僕はそこまで皮肉屋なつもりはないさ」
「その言動自体が皮肉屋の象徴よ。これまでどれだけの辛酸を舐めさせられたことか」
「それこそ古い話だよ。美化をするのは難しいかい?」
「あら、美化ができるほど立派な話なんてあったかしら?」
「ないね。それこそが一種の美学と捉えるのはどうかな?」
「賛成ね。日常会話に美学なんて求めても仕方が無いもの」
「そう、その日常会話は美学もなく記憶にしか残らない」
「また突拍子もない話を……貴方、一体何が言いたいの?」
「この日が僕の背中を押したと言っても過言じゃない。柄にもなく、とっておきの言葉を用意したんだ。何度も書き直した手紙があって、そこには僕の全てを書き記した。でも、今になって気付かされた。それは無粋だったのかもしれないね。マスターには僕の腕が紡いだ言葉じゃなく、僕の口からその言葉を聞いてほしいと思ってしまった。なんとも格好のつかない話だ。だってその内容は……」
「あまりにも子供じみた内容だから……かしら」
「そうだね。だから今日という日を理由にして口にするのはやめよう。僕たちはもう、そこまで子供じゃない」
「まったく、引っ張るだけ引っ張って、答えが結局はそれ? 大人を理由するのはよしなさい。まったく、厄介なものね」
「でも、少年少女が味わえない、この苦味こそが大人の特権といえば特権なのかもしれないね。だから今日は満足しよう。この夜の過ごし方に」
「同感ね。世間様とは違っても、例えあの頃のようには祝えなくても。私達らしく、今日という日を楽しむという意見には賛成よ」




