常連さんについて話をしよう
——僕はね、自分に誇れる何かになりたかったんだ
——それが夢だと過信して、それが自分自身だと重ね合わせた
——僕は自分の周りの人を幸せにしたかった
——だからといって、自分の周り以外を鑑みなくても良いわけがない
——その結果が罪だ
——僕にはしっかりとしたレッテルが貼られている
——罪はね、償っても消えるものじゃない
——だから、これは一生僕が背負うもので、
——結果として、それは僕の周りの人も巻き込んでしまった
——人間は欲張りだと思う
——ひょっとしたら、これは僕自身だけの問題かもしれないけれど
——年月は人を甘くし、甘美な毎日に身を委ねてしまう
——だから僕は、それを拒むように密やかに人生を生きてきた
——そんな時に出会ったのが、あの喫茶店であり、マスターだった
——最初は些細なことで揉めたりもした
——時が経つにつれ、それは相当に甘美な毎日へと変化していった
——そして僕は今、ようやく現実に戻ることが出来た
——甘えは捨てるべきで、僕自身が許された訳じゃない
——だから、もう一度あの生活に戻るべきだ
——それが僕に課せられた罪の代償なのだから
「だから貴方は馬鹿なのよ」
「そうやって格好をつけて、それでどうして店前に立っているのかしら」
「そうやって自分だけが納得して、自分だけが理解したふりをして、いったい貴方は何をどうしたいのかしら」
「あれだけの啖呵を切ったんですもの。もう来られないかと思っていたわ」
「でも、貴方はこうして此処に立っている」
「それは何故?」
「僕は本当に弱い人間だね。これでもかという位に覚悟を決めたのに、まだ未練を持っている」
「此処で過ごした毎日が、僕個人の感情だけで許されるわけもないのにね」
「本当に馬鹿な人ね」
「私は——この店はそういう店なの。お客様が寛ぎ、ほんのひと時だけでも世情から切り離されるように、私はこの店を営んでいる」
「勝手に貴方の都合ばかり押し付けないで。貴方がどう思おうと、私にとってはお客様で——それでいて稀有な常連さん」
「その貴方を癒すことが出来なくて、何が喫茶店よ。本当、頭にくる解釈だわ」
「……ははっ、マスターはいつから教会の神父になったんだい?」
「馬鹿おっしゃい。迷えるものを救うだなんて大それたことを言うものですか」
「ただ、私はこの場所が誰にとっても、例えどんな経歴の持ち主だとしても、ひと時の幸せを味わってくれるような場所にしたいだけ。そこに分け隔てはなく、純粋に安らぎを感じて欲しいだけ。お客様の都合なんて知ったことですか」
「……本当に君は強い人だ」
「あら、女性に強いだなんて随分な言い方ね。訂正しなさいな」
「まったく、これだからこの店に通うことは止められない」
「なら通えば良いじゃない。ちなみに、お客様の内情を深掘りするのは客商売の御法度よ」
「それなら、マスターは聞かないのかい?」
「ええ、でもそうね……貴方がどうしても話したいって言うのなら、考えなくもないわよ」
「それは、マスター個人の意見として?」
「大きくでたわね。あんな発言をしておいて、よくものうのうと--」
「すまないね。謝罪の言葉も出ないレベルで、僕は参ってしまっているらしい」
「まあ、今日のところは仕方ないとしましょう。でも、一言くらいはあっても良いんじゃないかしら」
「そうだね。マスターのその懐の深さこそ、僕が此処に来る理由で、この喫茶店の本当の在り方なのかもしれない」
「あら、素直ですこと」
「でも、僕にだって意地はある。本当に矮小で、瑣末な人間ではあるけれどね」
「マスター、何故君は扉の前に僕が立っていることに気づいたんだい? もしかして君は……」
「それ以上喋れば獄門よ。——ああ、もう! どうしてこの人はこうなのかしら!」
「だって、これが僕とマスターの在り方に違いないだろう?」
「煩いわよ、この唐変木! 早く中に入りなさいな。せっかくの珈琲が冷めてしまうじゃない」




