アナログの楽しみ方について話をしよう
「あら……珍しい。貴方、音楽なんて聞くのね」
「いきなりのお言葉で非常に恐縮だけれど、僕にだって趣味嗜好を楽しむ余裕はある」
「別に貴方が楽しむことに異存があるわけじゃないわよ。ただ、ちょっと珍しいのは事実ね」
「まあ確かに、僕も此処にこれを持って来たのは初めてか……」
「ええ、そうよ。しかもそれ、随分と年代物のプレーヤーじゃない」
「物持ちの良い人間は嫌いかい?」
「馬鹿な会話は止しなさい」
「それは失敬。じゃあ、こういうのはどうかな。これは僕と随分長い時間を共に過ごして来た相棒だ」
「それも随分と嘘くさい言葉ね。もっと他に、こう心に響くような表現は出来無いのかしら?」
「これ以上となると中々にハードルが高い。今の僕のボキャブラリーじゃあ、これが限界……」
「嘘おっしゃい、口八丁な貴方の事ですもの。表現力なら誰にも負けない自信があるんじゃなくて?」
「……そうだね。なら、こういうのはどうかな? 大切なのはこのプレイヤー自体じゃない。その中にある思い出の一曲なんだ」
「あら、在り来たりだけれど及第点をあげるわ」
「マスターのロマンチストに感謝を」
「ええ、ええ、そうやって馬鹿にされるのも分かってましたとも。でも、実際はどうなの?」
「ああ、このプレイヤーの事かい? それなら邪推しすぎだよ。正直語るべき思い出もなければ、今日は偶々なだけ」
「そう、なら本当に物持ちが良いのね。今時中々いないわよ、そんな旧式のサウンドプレイヤーを使ってる人」
「物欲がないとは言わないけれど、最先端に興味があるかと言われれば、確かに僕はそうでもないかもね」
「古い人間は取り残されるだけよ」
「聞ければ満足なんだよ。それに古い音もそれはそれで味がある」
「ふーん、分かったような事を言うのはいつも通りね。じゃあ少し貸してみなさいな。私も貴方がどんな曲を聴くのか興味があるわ」
「どうぞ……そうだ、良かったらアナログ特有の聞き方なんてどうだい?」
「恥ずかしい事を平然と言うのね」
「これもアナログ特有の楽しみ方だよ。一つのイヤホンを二人で片方ずつなんて、今じゃ考えられないだろ?」
「言わなくても良い事を本当に口にするのね。良いからほら、早く貸しなさいな。別それでもね、うん、今日だけは付き合ってあげるわ。ええ、仕方なしよ」




