掘り起こしたくも無い過去の会話について話をしよう
「生き方の下手な人間にはなりたくないわ」
「なるほど、じゃあ聞くけれど、その測り方に基準はあるのかい?」
「大げさな返しね。まぁ、基準なんて大それたものじゃあないけれど、指針とするべき事由はあるんじゃないかしら?」
「それは興味深い。是非とも一例を挙げて欲しいものだ」
「あら、そこまで前のめりにならなくても良いじゃない。あくまでも、これから話すのは参考例よ?」
「ならば尚更だよ。大小問わず事例に興味が沸けば、僕は前のめりにならざるを得ない」
「変わった人ね」
「それは重畳、塵芥の一員なら変人も立派な個性だ」
「個性も良し悪しよ。さながら貴方のそれは……」
「それこそ物差しの違いでどうとでもとれるものだ。少なくとも、僕はいまの自分に満足こそしていないけれど、卑下もしていない」
「まるで死にものぐるいの個性ね。貴方のそれは異常だわ」
「辛辣な言葉をどうも。良ければそれに、こう付け加えてはくれないかな」
「あら、なにかご所望?」
「異常なほどに平常を拒み、異常が故に日常を求める。さながら僕は……」
「さながら、貴方は子供なのよ。この世界にないものは無いの。だから、貴方の物差しはこのティースプーンよりも短い。理解できて?」
「……………」
「砂糖の入れ方をご存知? 砂糖は貴方を拒みはしない。でも。貴方はそれを知らないままで口にする」
「なるほど、マスターから見れば、僕は無知極まりないという事だね」
「そこまでハッキリとは口にしないわ。ただ、珈琲の味わい深さもその人次第で変わるものよ。今の貴方に理解出来るかしら?」
「残念ながら、今の僕には面と向かってそれに返答できる答えがない」
「なら、お会計にしましょう。これ以上は無駄話になりそうですもの」
「いいや、良ければもう一杯頼めないかな? 僕にだってちっぽけだけど意地があってね」
「あら、言い負かされたのがご不満?」
「いいや、取り留めのない会話をもう少し楽しみたいと思っただけだよ。例え、それがほんの数分の間だとしてもね」
「…………思い出すだけで顔から火が出そうな言葉だ」
「あら、真実は真実と受け止めなさいな。それに昔話を振ってきたのは貴方の方よ」
「情けないし、泣きたい限りだ。まさかマスターがここまで詳細に会話内容を覚えていただなんて……」
「別に貴方との会話内容だから覚えていたってわけじゃないわ。ただ、あまりにも……」
「そうだね。確かにこれは忘れようにも忘れられないほど、僕とマスターが遠かった時の話だ」
「そう……ね。じゃあ、今はどの程度の距離になったのかしら?」
「さぁ、それこそ、口にするのは自分の首を締めるようなものだよ」




