至福のひと時について話をしよう
「この季節は本当に感慨深いね」
「何よ、開口一番……頭でも打ったの?」
「扉を開けたらそこはってやつだよ。まるでここは天国だ」
「……本格的に駄目そうね。とりあえず横になりなさいな」
「そういうマスターも素敵だよ」
「……あら、嬉しい言葉をありがとう。せっかくだから具体的に言いなさいな」
「いや、涼しいというのは奇跡だってことさ。炎天下を歩いてきた僕としては特にね」
「…………私は温度以下ってわけ。無駄に傷付けてくれるわね、貴方」
「そんな怖い顔をしないで欲しいな。それに僕がマスターを傷つけたなんて心外だよ」
「いいえ、事実、私は今不機嫌よ。お客様に不機嫌にされるなんて久しぶりだわ。どうしてくれようかしら?」
「その顔も魅力だけど、僕はやっぱりいつものマスターが好きだね。落ち着いていて、とても大人の魅力がある」
「それで機嫌でもとったつもり? 柄にも無い事は口にするものじゃないわ」
「まごう事なき本音だけれどね。確かに僕も浮かれすぎたみたいだ」
「あまり本音だなんだと言わないでちょうだい。ほんと、こっちまで暑くなってきたじゃない」
「なら、やっぱり今日はアイスコーヒーがお勧めかな?」
「……いいえ、気持ちはやっぱり熱い内に処理するべきだと思わない?」
「それも行幸。なら、今日はマスターの気持ちの篭ったホットを優先しようか」
「あら、あっさりと言うじゃない。なら、覚悟しなさい。今日の珈琲は格別に気持ちを篭めて見せるわ」
「もちろん、それが楽しみでここに来ているようなものだからね。それにしても、思ったよりも効果的で楽しかったよ」
「煩いわね。貴方、そこまでして私をからかいたいの?」
「まさか、僕はただ、この空間以上の至福を知らないだけだよ」




