物に対する労いの話をしよう
「あら、カップにヒビが入ってるわ」
「ウッカリ落としでもしたのかい?」
「いいえ、そんな覚えはないんだけれど……」
「なら、それは寿命だったんじゃないかな」
「形あるものはいずれってやつ?」
「そこまで御高説なものじゃない」
「ならこのカップはこうなるよう、あらかじめ決められていたとでも?」
「そうだね。僕としては、役割を全うしたと言ってあげたい」
「出たわね。エセロマンチスト」
「心外だね。いい加減その評価は如何なものかと思うよ」
「自覚症状なしならなおさら厄介だわ。まぁ、今はそんな瑣末は後にしましょう」
「とてもお客様に向けた言葉だとは思えないね」
「あら、おもてなしにご不満?」
「いや、特別接待だと割り切るよ。嬉しい限りだ」
「好解釈ね」
「そのほうが有意義だろ? 僕はそれだけで十分満たされている」
「安っぽい持論」
「ともかくだ。割れたカップについて考えるなら、せめてその労に報いるべきだと思うんだよ」
「今までありがとうって? 付喪神でも宿っているのかしら」
「あいにくとオカルトは専門外でね。僕が考えるの一つ。物に対しても礼儀を欠かさないってことだけだ」
「……不覚にも、ときめくような言葉を口にするじゃない」
「物を使うのは人間だよ。作り出したのも壊すのもね。だから、最大限考慮してあげたいと思う」
「心がないのは主観。神経がないと考えるのも主観、全ては私達次第で捉え方も変わるものね」
「そう、だからこそ労いと賛辞を与えないとね。マスターからの労いなんて羨ましい限りじゃないか。お裾分けしてほしいくらいだよ」
「あら、お裾分けでいいの? これでもお客様には、いつだって最大限の感謝をしているのよ。まあ、このカップと同等程度にはね」




