感謝の受け取り方について話そう
「とりあえず水を一杯もらえないかな」
「ええ、構わないよ。今日はずいぶん疲れているのね」
「ああ、少し私生活でゴタゴタしていてね。朝から走り回ってたんだ」
「そう。じゃあ今日はアイスコーヒーにでもしておきましょうか」
「その気遣いが嬉しいね。少し薄めに煎れてくれるかな」
「オーダー承りました。これで顔でも拭きなさいな」
「助かるよ。それにしても今日はずいぶんご機嫌だね。何か良い事でもあったのかな」
「そうね。実は手紙が届いたのよ。とっても昔の常連様から」
「へぇ、よかったら少し教えてもらえないかな。その手紙の事を」
「いいわよ。その人は開店当初から、足繁く通って頂いていた大事なお客様なの」
「そうか、それにしては僕以外の常連さんを見た事が無いけど」
「心外ね。あなたが居ない時間に訪ねてくださるお客様も、もちろんいるのよ」
「それはそうだろうね。少しからかってみたかっただけさ」
「まあいいわ。それでそのお客様は、ちょっとした事情で今は海外にお住まいだそうなの」
「その人が人生の成功者だって事は間違いないだろうね。羨ましい限りだ」
「手紙にはこう書いてあったの『あなたの煎れた珈琲のお陰で、私はここにいる』って」
「それは光栄の限りだね。マスターとして、これほど誇らしい事は無いんじゃないかな」
「ええ、これは私の誇りにもなるし、自信にもなるわ。でもおかしな人だと思わない?」
「何がだい?」
「たかが珈琲一杯にそこまで入れ込んでくれるなんて、私としては複雑な心境よ」
「マスター、失礼だけど、それは間違いだ。何に感謝して、何に恩を感じるかなんて人それぞれだからね」
「それくらいは理解してるつもりよ。それでも、いざ自分にとなると弱気になってしまうものよ」
「ありがとうはありがとうと受け取るべきだよ。嬉しいと思ったんなら、それでいいじゃないか」
「そうね、バカな話をしたわ。素直に受け取らなくちゃ、それこそ相手に失礼ですものね」
「ああ、その方がきっとその人も喜ぶと思うよ」
「わかったわ、そう返事をしておく。ところで、嫌な話だけれど、あなたはどう思っているのかしら」
「僕かい?いきなり言われても言葉にし辛いな」
「それは私の珈琲に、それほど魅力を感じてないって受け取っていいのかしら」
「魅力を感じて無ければ、常連になったりはしないよ」
「ごめんなさい、意地の悪い質問だったわね。催促するようなものではなかったわ」
「勘違いしないで欲しいんだけど、僕はまだこの魅力を言葉に出来ないだけだよ」
「それじゃあ、いつかは言葉にして貰えるのかしら」
「そうだね。いつかは、この珈琲に想いを馳せる日が来るのかもしれないね」
「それは、まだまだ常連様でいてくれると受け取っても良いのかしら」