お客様のお求めとマスターのおもてなしについて話をしよう
「どれだけ贅を凝らされても、それだけで心の充足なんて得られないわ」
「それは、マスターがただ強欲過ぎるってわけじゃなくて?」
「……確かに高望みしてるのかもしれないけれど、その言葉は響きが悪いわね」
「じゃあ訂正しよう。マスターは夢見がちだ」
「素敵な悪意をありがとう。はい、今日の珈琲よ」
「驚いたな。マスターが僕の言葉に反応しないなんて……。って、何だい、この上のアイスは?」
「常連様にだけお出ししている特別なアイス珈琲よ。堪能なさい」
「……うん、味は悪くない。流石だね。でも今の季節、心の底からありがとうとも言いづらい」
「あら、お気に召しませんでした? つまりは、そういう事なのよ」
「あまり歓迎できない教え方だね」
「受けての立場や状況を考えられない『もてなし』精神なんかじゃ満たされないのよ。大事なのは……」
「気持ちって事だね。うん、やっぱりマスターは夢見る乙女だ」
「確かに、自分でもそう思わないでもないわ。でも、事実そうなんですもの。否定は出来ないわ」
「一理ある。人間の心理なんて人それぞれ、その時その時によって変わるものだからね」
「物分りが良いお客様は好きよ」
「でもだからといって、それを声高に口にするのは相手にとっても失礼な話だ」
「……何よ、じゃあ、いくら望まない歓待でも受け入れろって言うの?」
「マスターは受け手の立場だけを考えすぎなんだよ。目線を変えれば見えてくるものもある」
「受け手に伝わらない贈り物なんて、それこそただの自己満足じゃないかしら?」
「人は不器用なものだよ。相手の最高なんてものも、自分の物差しで決めるしかないんだ」
「悲しい見解ね。まるで経験してきたみたい」
「さあ? 贈り物は慣れていないんだ。あくまでも一般論だよ」
「本当かしら? どうも貴方、その辺りに疎そうですもの。……ところで、私は貴方の求めに答えられていて?」
「十全だね。言葉にするのも勿体無いほどに」




