【特別編】世界でいちばん素敵な夜について話をしよう
「あら、時間には正確なのね?」
「人を待たせるのは趣味じゃないよ。楽しみは少しでも早くってね。そう言うマスターこそ……」
「そこまでになさいな。あいかわらず無粋なんだから……」
「確かに、今のは失言だった。これじゃあ紳士として失格だね」
「どの口が紳士を語るのかしら……。普段の自分を振り返りなさい」
「ははっ、その手厳しさこそマスターだ。それにしても……」
「ええ、綺麗なものね。装飾も案外馬鹿にはできないわ」
「飾り付け自体は一ヶ月も前からしてあったんだけどね。これも今夜だからこその感慨なんだろう」
「ロマンがあって良いじゃない。それをどう感じるのかなんて、その人の心持ち次第よ?」
「ははっ、確かにその通りだ」
「……何がそんなに可笑しいのかしら?」
「いや、懐かしい話だと思ってね。僕達もいよいよ、『そんな事も話したな』と言えるようになるなんて……」
「ほんと、あらためて振りかえると困った関係よ。長い時間を過ごしすぎたのかしら?」
「長ければ良いってものじゃない」
「でも、短い時間で分かり合えるはずもない」
「今日のマスターは口が立つね?」
「そうかしら? 貴方がそう思うんなら、そうかもしれないわね」
「やけに素直なところも魅力だよ」
「寒気がするような賛辞だわ。貴方の方こそ、おかしいんじゃない?」
「その言葉を否定出来ないのが残念だ」
「ふふっ、どうしたの? 貴方らしくもない」
「いや、僕にとってマスターとの距離は、カウンター越しが一番落ち着くのかもしれないなと思ってね」
「あら、この距離感は苦手?」
「そうでもないさ。でも、少しいつもと違うのは否めないね」
「それなら良かったわ。たまには良いじゃない? いつもと違う景色というのも」
「それは少し違うね。たまにだからこそ、きっと味わい深いんだよ」
「何よ、結局はご満悦なんじゃない」
「ああ……かつてないほど甘くて苦い味わいだ。むしろ、ずっと味わっていたいぐらいにね」
「感謝なさい。きっともう……」
「分かっているよ、僕にだって。きっとこれが、奇跡の夜なんだって事ぐらいは」
「……それなら堪能なさいな。本当に、二度とない特別な夜なんだから」
「そうだね。僕達にはきっと、過ぎたぐらいの魔法の夜だ」
「良い夜じゃない」
「まったく……今日だけは、心底マスターに共感せざるを得ないね」




