残るものと今生の幸せについて話をしよう
「ねぇ、人って簡単に死ぬじゃない?」
「……まあ、あまり頑丈じゃないのは事実だろうね」
「それならそうと、どうして私達は何かを残そうと思うのかしら?」
「久方ぶりの哲学か……。まあ、悪くない命題だね」
「形あるものはいずれ無くなるわ。それなら残そうと思う願望すら無駄だとは思わない?」
「僕はそうは思わないよ。かといって、僕が何かを残したいかと言われると……」
「そうでしょうね。貴方にそんな願望があるとは思えませんもの」
「失礼な人だね。僕はこんなにも繊細なのに……」
「あら珍しい。貴方、そんな甘えた顔も出来るのね」
「それこそ人生は喜劇悲劇の繰り返しだ。役者としては顔作りも必要だとは思わないかい?」
「また知ったような口を……。達観こそ悲劇の立役者よ?」
「ああ、それも味わい深い試練だと思って受け止めるさ。所詮、どうなるものでもないしね」
「ふぅ……、貴方にこんな話をするべきじゃなかったかしら?」
「その諦めの顔こそが悲劇の役者だね。大したヒロインぶりだ」
「…………惚れ直した?」
「残念、僕が君に惚れる事は有り得ないよ。惹かれる事はあってもね」
「なら話を戻しましょう? あまり有益な方向性じゃなさそうですもの」
「ああ、そうだね。確かに、あまり素敵な話にはなりそうにない」
「つまるところ、人生は所詮何も残らないのよ。役者が舞台を降りれば、次の役者が現れるだけの話」
「世界という舞台は広い。確かに、マスターの言い分も一理あるのかもしれないね。でも……」
「ちょっと、何をしてるのよ?」
「こうやってハンカチに珈琲を染み込ませば、それは消えない染みになって残る。こういう考え方の方が僕は好きだけどね」
「……本当に馬鹿な人。それじゃあ、何の解決にもならないじゃない?」
「そう言いながらもマスターがそうやって笑ってくれるなら、僕は馬鹿でも本望だよ」




