夏の風物詩とそれに倣った作法について話をしよう
「マスター、今日は花火大会があるらしいね」
「ええ、もちろん知っているわ。客商売は情報ありき、人の流れには常に敏感にアンテナを張っているんですから」
「ははっ、さすがはマスター。大人の鑑だとも言えるような発言をするね」
「へぇ、それはなに? 私がモノの風流も味わえないような、窮屈な人間だって言いたいのかしら?」
「曲解が過ぎてビックリだよ。 マスターはその、僕に対してのマイナスな感情を改めるべきだと思う」
「はいはい、お気になさらずとも心配いらないわ。貴方が珈琲一杯でも頼んでくれるなら、私にとっては、それがプラス方向に働いてくれるんですもの。マイナスの感情だなんて、滅相もございません」
「うやうやしく頭を下げてくるあたり、いまだかつてないほどの悪寒が走り抜けていくけれど、まあ、今はそれで良しとしておこう」
「あら、珍しく食い下がってこないのね」
「今はマスターと遊んでいる時間も惜しいんでね。それに、よくよく考えれば、いつものマスターとそんなに変わりもなさそうだ」
「……私は今現在、煮えくり返った珈琲をブチまけてやりたい気分になりましたけどね」
「話を戻そう。いや、あえて真っ直ぐと切り込んでみるものいいかもしれないね」
「お客様、申し訳ないけれど、独り言なら、もう少し小さな声でお願い出来ませんでしょうか。とっても不愉快なの。ええ、そうはもう、とっても不愉快に聞こえてきますので」
「聞こえてるんなら、それでいいよ。この言葉は届かなかったら意味がないし、聞こえてなかったら道化にしかなりそうもないしね」
「ペラペラペラペラと口煩いお客様ね。何よ、言いたいことがあるんなら、とっとと言いな……」
「花火を見たいと思うんだ。それも、これ以上ない風流なやり方で」
「……はい? 私には貴方の言っている事が、全然理解出来ないわ。花火が見たければ、軒先まで出れば見れるじゃない? いいわよ、少しくらい席を外してくれても」
「……そっか、残念だね。なら、言葉に甘えて、少し席を外させてもらうとしましょうか。丁度、花火も上がり始めたみたいだしね」
「ええ、そうなさいな。……っと、しまったわね」
「……? 何か困り事でも?」
「私とした事が、軒先に植えてある向日葵に水をあげ損なっていたみたい。 しょうがないわね、ほら、とっとと行くわよ」
「……さすがにこれには苦笑を禁じえないね。マスター、顔色が良くないみたいだけど?」
「うるさいわねぇ。いいじゃない、別に……。 きっと、これがこの夏一番の風流なのよ」




