世界でいちばん素敵な店主について話をしよう
「ここはとても居心地がいいね」
「あら、めずらしく殊勝なことを言うじゃない。今日はどんな企みがあるのかしら?」
「ははっ、マスターは僕のことを疑い過ぎだよ。単なる褒め言葉一つに過剰に反応し過ぎだ」
「それはそれは失礼いたしました。……お客様は本当に私をからかうのがお得意のようで……」
「……まさか褒め言葉ひとつでそこまで敏感に反応されるとは思わなかったよ」
「ええ、ええ、構わないわよ。客足の途絶えた夏場の喫茶店で、可能な限りごゆるりとおくつろぎになればいいじゃない」
「ああ、なるほど、確かにこうも暑いと、外出を控える人間も少なくはないか」
「まあ、そういうことね。だから、あまり今の私を刺激しないでもらえるかしら」
「そういえばマスターは『夏季休暇』の看板を出そうとしないね、個人商店なら、この季節あちこちで見かけるものだけど」
「まあ、その件については大した理由はないわ。私、マスターですもの。店を開けて当然でしょう?」
「……これはまた、とんでもない理論をぶちかましてくれたね」
「? 私、何かおかしなことでも言ったかしら」
「自覚症状がないのは良いことだよ。マスターは先の発言で、一気に世界の頂点へと上り詰めた」
「なによ、私にも分かるように説明しなさいな」
「いや、分からないままでいいんだよ。むしろ、分かってしまったら、それはきっと世界で一番じゃなくなってしまう」
「……ああ、そうやってまた、小難しい言葉を口にして煙にまくつもりなのね」
「別段、僕は難しい言葉を口にしたわけじゃないよ。そういう意味では、マスターの方がよっぽど難解で真に迫った理論を口にしたんだからね」
「ふーん。まあ、そんなことはどうでもいいわ。とりあえず、私は夏場も軽々しく店を閉めたりなんてするつもりはないの。だから、貴方も空いている時間には顔を出しなさいな。珈琲ぐらいはお出ししてあげるわよ?」
「ははっ、こんなに寛大なマスターは世界の何処を探してもいそうにないだろうね。何せ、マスターがマスターであるがために、珈琲をご馳走してくれるなんて……でも、ますますここに来たくなるように思えるのも、きっとそういうことなんだろうね」




