慣れと当然を受け入れる姿勢について話をしよう
「慣れというのは怖いものね」
「享受すればするほど、その先が恋しくなる。これは一種の麻薬だ」
「あら、別に私はそこまで深くは考えていないわよ」
「独り言だよ、気にしないで欲しい」
「ずいぶん高尚な独り言ですこと。でも、あながち貴方の言っている事も間違いじゃないのかしら?」
「無視してくれていいんだよ。別に拾ってもらおうと口にした言葉じゃない」
「私はこれでも繊細なの。日常の中から何かが抜け落ちたら、その抜け落ちた欠片を探し回ってしまう」
「僕だってそうさ。結局は臆病なんだろうね。失くす事を恐れすぎる」
「貴方がそれを言うの?」
「苦い言葉だ。昨日あったものが突然、目の前からふっと消えてしまうんだからね」
「あのねえ、浸ってるところ悪いんですけど、もっと他に言うべき事があるんじゃないかしら?」
「マスターは変わらない。ここはやっぱり落ち着くね」
「話を逸らさないで欲しいわね。これでも私、そこそこ頭にキテるんですけど?」
「じゃあ、こう言い直そうか。マスター、ここの珈琲はやっぱり、僕にいちばん合っている」
「……呆れてものも言えないわ。煽てればそれに乗るとでも思っているのかしら」
「今日はご機嫌斜めのようだね。せっかく久しぶりに来れたんだ。少しは歓迎してくれても……」
「それよ! それ! あなたねぇ、いったい何時ぶりだと思っているのかしら!」
「そうだね。もう、思い出せなくらい前になるかな」
「あら、ここまできてまだそんな減らず口が叩けるの!? それなら私も容赦しないわよ」
「珍しいね、そこまで怒り狂うなんて。僕としては新鮮なマスターが見れて嬉しい限りだ」
「反省の色は無しのようね。……まあ、私がわざわざ口出しするような事でもないんですけど……」
「いや、それは正しいようで寂しい答えだ。少なくても、僕はこの店に来れない事に罪悪感を抱いていたよ」
「何よ、それじゃあまるで、私が貴方の事を待っていたかの様な言い方じゃない」
「そこまで自惚れが過ぎるわけじゃない。ただ、これでは常連さんとして、失格の烙印を押されても仕方がない」
「馬鹿ね、いくら間が空いたからって、貴方はこの店の常連さんよ。それ以上でも、それ以下でもない常連さん」
「手厳しい事を言うね。それなら、それに答えられるように、もう少し通い続けることにするよ」




