表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/66

こんな日には過去の面影について話してみよう

「マスター、紅茶を一つもらえないかな」

「わかったわ。すぐに淹れてあげるから大人しくそこに座ってなさいな」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

「調子が狂うわね。貴方、熱でもあるんじゃない?」

「ははっ、それはないよ。僕はいたって健康で、いたって普通の会話を楽しんでいる」

「そう。まあ、貴方がそう言うならそれでいいんだけれども。……出来たわよ、お待たせ」

「いい香りだね。それだけで心が温まりそうだ」

「あら、いつもはあれだけ珈琲を愛飲しているくせに、それはれっきとした浮気発言よ?」

「珈琲か紅茶かと言われれば、僕は迷わず珈琲を選ぶんだろうね」

「何よ、他人事みたいに。やっぱりらしくないわよ?」

「そうだね。これは本当に僕らしくない。でも、それを今は心地よく享受したい気分なんだ」

「移り気を責めるつもりはないわ。でも、そんな姿のお客様を見て、私が何も思わないとでも思ったのかしら?」

「そこまでひどい状態じゃあない。ただ、郷愁を甘んじたいだけだ」

「自惚れね。いつもの貴方ならもっと上手に切り返してくれるわ」

「……嬉しい言葉だね。それなら、お言葉に甘えても構わないかな?」

「ええ、ご自由に。私はここに立っているだけ。決定権は全てお客さまに委ねていますもの」

「紅茶が好きな人がいたんだ。紅茶の香りがとても好きなんだと、その人はいつもそう言って笑っていた」

「…………」

「だから僕はありったけの紅茶を調べ尽くした。その人に一番似合う紅茶をプレゼントしようとしたんだ」

「難しい事をさらっと言うのね。そんなこと……」

「出来る出来ないは問題じゃなかったんだ。ただ、そうする事しか僕には思いつかなかった」

「それで?」

「滑稽な話だよ。僕が無我夢中でそれを探し回っている間に、その人は遠くへと旅立ってしまった」

「そう、大事な人だったのね」

「紅茶の香りと、そしてそれとともに浮かび上がるあの人の面影を、今日という日だけは、僕はいまだに思い出すんだ」


「そう、それならゆっくりしなさいな。ここはそういう為のお店なんですもの。誰も貴方を責めたりしないわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ