物語の台詞を恥ずかしいと思う感情について話をしよう
「僕たちは出会うべくして出会えた」
「……お客様。当店でその様なお巫山戯はご遠慮下さいませ」
「違うよ、勘違いしないで欲しい。これは最近読んだ昔話の一小節なんだ」
「紛らわしいわね。私はてっきり……」
「どうしたんだい? そこまで動揺するような話じゃないだろう?」
「うるさいわね。貴方がそんな下らない言葉を口にしたのを少し珍しく思っただけよ」
「そうか。それなら問題ないね。まあ、そのおかげでマスターの意外な一面も見ることが出来た」
「夢見る乙女に罪はないわ。それは世界中を敵に回すような発言よ」
「ああ、そうだね。僕はこの言葉で世界中を敵に回す。でも、それに伴う見返りは十分あるんだ」
「何よ。対価を求めるなんて珍しいじゃない」
「それは、何事にも変え難き愛だ」
「…………」
「と、まあこれも最近読んだ小説の一部なんだけど……」
「……何よ、その薄ら笑いは?」
「いや、大した意図はないんだ。ただ、その反応を見ているとついつい頬が緩んでしまう」
「馬鹿にされている事だけは理解できたわ。けど……まあいいわ、続きを聞かせてみなさいな」
「在りし日、遠い昔の人に書かれた小説には往々としてこんな台詞が見受けられる」
「ええ、わかるわ。歯の浮くような台詞や、それを見越した悲劇喜劇は無蔵にあるものね」
「その通りだ。そしてそれは現代にもおいても風化せず、かといって大人になる頃にはそれすら信じる心を無くしてしまう」
「悲しい話ね。それじゃあ結局、私たちは喜劇の役者にもなれない完全な道化」
「そう、でも誰もがそうである訳でもないっていうのが、僕は唯一の救いだと思っている」
「はあ~。何が言いたいのかと思えば。言っておきますけれど、私はそんな言葉でほだされるほど、乙女でも少女でもありませんからね」




