本質の隠し方と遠まわしな大人のやり方について話をしよう
「石につまずいたとするだろ? そうしたら、当然体勢は崩れる」
「だからその石をどかす必要がある。そういう事ね?」
「うん。でも考えてもみて欲しいんだ。人によっては、それを自分の責任だと勘違いしてしまう人間もいる」
「いまいち要領を得ないわね。もっと噛み砕いて説明しなさいな」
「要するに、石につまずいても体勢を崩さないほど、強靭に肉体を鍛え上げればいい」
「馬鹿らして言葉も出ないわね。どこをどう考えても石をどかしてしまったほうが早いじゃない」
「それは早計だね。長い目で見れば肉体を鍛え上げた人間は、二度と石につまずいても転ぶことはなくなる」
「だからその考え自体が馬鹿らしいって言ってるのよ。貴方ねえ、掃除が苦手なら苦手だってはっきり言ったらいいじゃない」
「僕は別に掃除が嫌いなわけじゃない。まあ、好きかと言われればそれはどうかと答えるけどね」
「そもそもの論理から破綻しているのよ。貴方のどこにそんな強靭な肉体があるっていうのかしら?」
「まあ僕をいじめるのはそれぐらいにしよう。とにかく、僕が言いたかったのはこの店の掃除が完璧だって事だ」
「あたりまえじゃない。貴方、たまに思うのだけれど、ここが飲食店だって事を忘れてるんじゃないでしょうね」
「まさか。こんなに小気味いい音楽の中、こんなに味わい深い珈琲が飲めるんだ。僕にとってこれ以上の場所はないね」
「ええ、ええ、そうでしょうね。それなら私も本望よ。まったく、調子の良いことをスラスラと」
「ところでマスター。さっきから気になっていたんだけど、今日の珈琲、少し甘めにしてあるのかな?」
「あら、これは意外ね。どうせ貴方の事だから、最後まで気付かないと思ってたわ」
「見くびらないで欲しいね。これでも僕はこの店の常連なんだ。豆の善し悪しはともかく、ここまで味が変わればすぐに気付きもするさ」
「モカをイメージしてみたのだけれど、……その様子じゃあ美味しくなかったのかしら」
「いやいや早合点しないで欲しい。僕は別に今日の珈琲が不味いだなんて……」
「ふふっ。何をそんなに焦っているのかしら」
「……まさか、冗談かい?」
「さあ、どうでしょう。少なくとも、お馬鹿で律儀なお客様には効果てきめんだった様ですけれど」
「勘弁して欲しいね。マスターのイタズラは肝を冷やす」
「ふふっ。それくらいで良いのよ。今日が何の日なのかも知らない馬鹿なお客様には、それなりの対応をさせて頂きませんと」




