伝えたい気持ちと伝わらない気持ちについて話をしよう
「背には変えられない理由っていうのがあったとする」
「それがどんな理由かにもよるわね。大抵の事じゃ納得できないわ」
「だから、それを背には変えられないって言葉で濁してるんじゃないか」
「あら。だったら貴方は自分の恋人が「背には変えられない理由があったの」って言ったら浮気も許すと言うのね」
「マスターも極論が好きだね。それについては、首を横に振らざるを得ない」
「ほら、ご覧なさい。だったら理由を濁すだなんて下らない真似はお止しなさいな」
「とはいえ、僕もどうしたら良いのかが皆目見当つかないんだ」
「でもそれは貴方が考えることよ。自分の犯した罪なんですから」
「罪ときたか。これはまた重たい言葉をチョイスしてきたね」
「ええそうよ。自分がしでかした事の重さを思い知りなさい」
「そうか。僕が他の喫茶店で珈琲を飲んだって話から、まさかここまで盛大な話になるとは想像もつかなかったよ」
「ええ、私もここまで自分が狭量だとは思ってもみなかったわよ」
「それならなおさら寛大に聞いてくれると有難かったね」
「言っておきますけどね。私も別に、この店の常連さんがどこで何をしていようと詮索するつもりはないの」
「それは正しい判断だね。前にも言ったと思うけれど、その辺の線引きは重要だ」
「だからといって、喜色満面に他所様の喫茶店の話をしてくるお客様っていうのも、私はどうかと思うのだけれど」
「伝わらないものだね。僕はこの喫茶店にとって、良かれと思ってあの店の話をしたんだ」
「いいえ。私にはそんな風に聞こえなかったわ」
「こんな怒り方をするマスターも珍しい。ある意味、貴重な体験だ」
「貴重な体験で結構よ。こんな話、何度もあってたまるもんですか」
「それはそうとマスター。そろそろ珈琲のお替りが欲しんだけれど」
「あら、それは申し訳なかったわね。てっきりその一杯で十分だと思っていたものですから」
「相変わらず手厳しいね。だからこそ、マスターとの会話は止められない」
「何をニヤニヤと笑っているのかしら。まったく、少しは悪びれる素振りくらい見せなさいな」
「いや、ごめん。どう考えてもこれは理不尽な話だ。でも、これはこれで中々良いものだと思ってね」




