日常的に口にする言葉とその意味について話そう
「挨拶は嫌いよ」
「驚いたな。第一声からそれかい?」
「だって、貴方もどうせありきたりな言葉を口にするんでしょう?」
「これは新年早々興味深い話になりそうだね。何がそんなに気に食わないんだい?」
「気に食わないも何も、誰も彼もが口を開くたびに同じことばっかり。客商売とはいえ、流石にウンザリもするわよ」
「形式ばった挨拶に嫌気がさしたと。でも、それは生きていく上で非常に困難な命題だ」
「あのねぇ。言っておきますけれど、私は何も挨拶そのものを否定したい訳じゃないのよ」
「それくらいはわかってるさ。僕は何回もマスターの挨拶をこの耳で聞いているからね。まあ、今日はそれを聴く事も出来なかったんだけど」
「嫌味な人ね。いつもなら挨拶も録に聞かずに席に座るくせに」
「それは常連の特権って事で見逃してくれると有難い。そんな事よりも今は、マスターの挨拶に対する捉え方が重要だ」
「だから、そこまで大層な事を言いたい訳じゃないの。挨拶は大事だと思うし、お見送りの言葉も大切だって事くらいは分かっていますとも」
「それで納得が出来ると思うかい?僕は第一声からお叱りを受けたんだ。出来れば、もう少しマスターの本音を聞かせて欲しいね」
「私はね、心の篭っていない言葉は嫌いなの。形式だけで口にする「いただきます」も「ごちそうさまでした」って言葉も」
「ああ、何となく理解はできるかな。そんな風に本来の意味を置き忘れて、日常で平然と口にする言葉っていうのはたくさんあるね」
「ええ、それを新年だからといって目の前で代わる代わる「おめでとうござます」だなんて連呼されてみなさいな。気分も滅入るわよ」
「いや、でもそれは暴論過ぎないかな?その人がどんな意味を込めてそう言ったのかなんて、他人には分かるはずもないんだからね」
「もちろんそんな事は言われるまでもないわよ。でも普通に考えてご覧なさい。私は店主で相手はお客様よ、誠意なんてあったものじゃないわ」
「その辺りの感情は変わってないようで何よりだ。あくまでもお客様はお客様、そういう割り切った感情は嫌いじゃないよ」
「・・・変わった人ね。ちっとも狼狽えたりしないじゃない」
「何がだい?」
「自分が特別扱いされているって自惚れたりせずに、自分をその他大勢と一緒に考えてる。だからそんなに無反応なのね。貴方やっぱりおかしいわよ」
「普通よりは変わっている方が良い、、、だなんて馬鹿なことを言うつもりはないけどね。ある程度は自覚しているよ」
「ごめんなさい。少し言い過ぎたかしら?」
「まさか。僕はこれでも自分の事は客観的に見れているはずだよ。いまさら分かりきった事を告げられても何も思わない。そんな事よりもマスター」
「何かしら?」
「挨拶云々はともかくとして、そろそろ注文を聞いてくれると助かるんだけどな」
「・・・これは迂闊だったわね。コホンッ、いらっしゃいませお客様。ご注文はお決まりでしょうか、本年もどうか、時間の許す限りお寛ぎ下さいませ」




