SideA
私の片思いだと、そう思っていた。
現に私と彼女が話した回数なんて、単なるクラスメイトの会話数程度のもので
つまりは、多く見積もっても友達とは言いがたい関係である。
「ん、んぅ……」
落ち着け。
隣の寝息に惑わされることなく、私は考える必要があった。
何故、私と彼女の関係性が、所謂セフレと呼ばれるようになったかの、それについて、である。
出会いは入学式だった。
一目惚れというやつだったんだろう。
友達とはしゃいでいる声、一際目立っていたその声の主を探して、私は恋に落ちた。
3年間、一度も同じクラスになることは無かった。
茶色がかった髪は前髪が少し跳ねるくらいの癖っ毛で、それが2年の頃にはゆるく巻かれるようになり、3年には縮毛で見事なストレートになっていた。
スカートの丈も、短くなるようになり、ジャージもそれなりに着崩している。
彼女の周りにはいつも人がいて、それが当たり前だった。
学校にいじめなんてものは無かったと記憶しているが、もしカースト何て呼ばれる格差があったなら彼女は間違いなく上位だった。
ぱっちりとした目、よく通る声、化粧をしていないと分かる肌は透き通っていて、少し寒い日にはすぐに頬が赤くなることを知っている。
小さい身長はよく周りの人間に埋まってしまう。けれども声で、彼女が中心にいることは分かっていた。
1年生の夏、彼氏ができたのだろう。
特定の男子生徒が隣にいるのをよく見かけるようになった。
夏休み明けの事だったから、連休中に起こった出来事なのだろう。
嬉しそうな表情に何故だか胸が痛くなったことを覚えている。
それから1ヶ月で別れたらしいことは、彼女の隣の人物が友人の女子生徒になったことで分かった。
なんだかすごく、ほっとした。
2年生 春
今度は先輩らしい。
背の高い、運動部のスポーツマン。
文系の私ですら耳にしたことのある生徒。
幸せそうな表情に、言いもしない、言えもしないくらい感情が芽生えるのを感じていた。
話したことも無い人に、私は何を考えているのだろう、と思った。
3年生 春
先輩の卒業と同時に別れたのだと、やたら嬉しそうに、隣のクラスの女子生徒が話してきた。
私は曖昧に笑って、鈍痛を感じた胸を押さえた。
そのころから勉強もスポーツも1番ではないものを数えたほうが早いくらいになっていて。
今にして思えば、自覚しそうな感情から目を背けることに、全力を注いでいたのだと思う。
生徒会長 白石 佳苗
3-B組所属、学年主席。バスケットボールの全国大会選抜選手。
3年生の私に挙げられる肩書きは、田舎の学校の小娘にしては大層なものになっていた。
「白石さん?」
だから、こんなこともありうる事態ではあったはずで。
「ここの式、計算しなおしてみて?」
「あ、ほんとだ。ありがとー」
数学の、夏季補習
受験生ともなれば、点数に関わらず学校側が開催するそれに参加する人は割と多かった。
私もその一人だった。家のクーラーが壊れてしまったのが最大の要因だったのは余談だろう。
初日の補習後に、私は部活の練習をしていて。
教室に置いていた鞄をとろうとしたら、彼女が一人で座っていた。
あれ?白石さん?
問題集から顔を上げた彼女は、そんなことを言ったんだったか。
そして2、3言葉を交わして、彼女は言った。
「勉強、教えてください!」
承諾の返事をしたのは、彼女だったからだろうか、どうだった、だろうか。
そこで何かイベントがあったかと言われれば、そんなことは無い。
面識ができただけの出来事だった。
それから1ヶ月私は1時間程度勉強を見るようになる。世間話ですらあまりしなかった。
真剣な彼女の顔を見るのが、あっという間だったからだろう。
それだけが覚えていることだ。
夏季講習後の接点は特に無い。
クラスメイト程度の会話数というのはここで稼いだ。
話が長いだろう。
そういえばセフレという単語に触れていなかったな。
きっかけは卒業式だ。
卒業式
私は、その頃になってようやく認めることにした。
彼女への恋心があることを。
進路はお互い進学だったが、同じというわけではない。
同じ地域だから、会えるのかもしれないけれど、という限りなく低い希望的観測が生まれるような生まれないような、そんな距離だった。
割愛しよう。その辺の心情は。
「白石さん、合格できたよ。ありがとう」
「うん、おめでとう」
「何かお返しできることあればいいんだけど……今更かなあ」
彼女に話しかけられた瞬間に、私はこう思った。
玉砕覚悟で、告白しよう、と。
「じゃあ、付き合ってもらえないかな」
「え?今から?」
「うん」
これは伝わってない。分かってはいたけれど。
どう切り出そうか考える間もなく口は動き、それを聞いた彼女は友人に断わってから私の元へやってきた。
「準備できたよー」
「ありがとう、じゃあ行こうか」
私はこの時妙案だと思ったその作戦があった。
先に言っておくと碌なものじゃない。
密室で、逃げられないようにすればいいと思った。
はっきり言おう、碌なことを考えていなかったって。
カラオケで私は部屋に着くなり彼女の背中に襲い掛かり、馬乗りになり、両手を押さえた。
警戒心無いんじゃないの?なんていう下衆な発言をして彼女の身体を弄り、しまいにはキスをして。
彼女がぐったりとした夜頃、今にして思えばこの関係の礎ができていたんだろう。
別れた彼女の姿は、お世辞にも綺麗ではなかったけれど、また来週と言った私に彼女は頷いていたのは確か。
連絡先を交換したのが、始まりだった。
それからは所謂強迫による一方的な性関係だ。
呼べば彼女は指定した場所に現れ、私の言う事を聞く。
初めは拘束具を使用していたものの、今では何を付けることも無くとも彼女は抵抗する素振りを見せない。
たまに涙痕が見えるが、逃げるように帰っていた最初と比べて隣で寝ているのだから雲泥の差だった。
抵抗どころか、愛情を感じる情交だった。
隣で寝ているのだって、初めてだ。
そして冒頭通り、私は考える必要があった。
私と彼女の関係性による振り返りと、今日の事象の不可解さについて、である。
振り返りは終わった。
セフレになる経緯は、話した通りである。
脚を絡められて、肢体に手を伸ばしそうになる。
キスをされたのは、初めてだ。
こんなに密着されたのも、初めて。
温かい身体は私の心拍数を上げるし、彼女の息遣いが聞こえてくるこの距離に興奮する感情は消えない。
――でも、なぜだ?
――彼女がこうなった理由に、心当たりがまるでない。
じわりと堪えようのない悪寒にぶるりと身体を震わせた。
今は眠れる気がしない。
彼女が起きるまで、ずっと、そうに決まっているのだった。
及ばぬ恋は馬鹿がする、なんて言いますけどね。