第1話 端緒
西門についた日の者たち。葉形覆三郎は別れを告げると、西の門の外へ出、門を堅く閉じた。おそらく月の者たちも同じだろう。
「さて、皆よ。これからどうする?」
一番若い穂呂平八郎が最初に口を開いた。
「先ほどの役人が言った石が気になる。まずはそれを見つけようと思うのだが……。」
「ふむ、確かに儂も気になっておる。」
答えたのは一番老けている流番乃助だった。
「どうだ皆の衆。ここは平八郎の言うとおり、石とやらを探してみないか。関所の奴は人間離れした技が使えると言っておった。つまり、なにかしらの恩恵を受け、すごいことができるのではないかな。」
「俺は嫌だね。」
答えたのは薄い目をした稲田登廊。
「この提案をした奴だぜ。そんな石なぞ元々ないかもしれんし、罠という可能性もある。お前等がそういうのなら、俺は別行動をさせてもらう。」
「番乃助さんをお前よばわりとは、無礼がすぎるぞ、登廊!」
怒りを露わにしたのは繰史駄衛門。
「無礼でも構わん。どうせ皆死ぬ運命なのだ。」
「確かに──」
番乃助が口を開いた。
「確かに、罠かもしれん。」
「番乃助さん。」
駄衛門が心配しながら言った。
「しかし、その石が驚異的な力を発揮し、奴らに回収されるとなれば、こちらの戦いは不利になるのは見えておる。罠だとしても、儂一人が死ぬだけだ。問題なかろう。」
「そうかい。生憎あんたが命を張ると言っても、俺は動じないぜ。好きにやらせてもらう。」
「おい、登廊!」
「構わん駄衛門。登廊はそちらの方がいいと思っておる。」
「ほう、さすがに歳を食っているだけじゃないな。どこぞの誰かと違って理解がある。」
「貴様……!」
駄衛門は今にでも腰から下げた刀を抜刀しそうだった。腕の血管が浮き出ていた。
その腕を押さえたのは覇馬林太郎だった。
「気持ちを抑えろ駄衛門。そのままでは戦う前に戦力を失ってしまう。登廊、お前も言い過ぎだ。それ以上口を開くならば俺がお前を斬り捨てる。」
「おうおう怖いわ。斬られる前にさっさと行かせてもらうぜ。」
そう言い、登廊は歩いていった。駄衛門は怒りの表情でその後ろ姿を見ていた。
「あれでいいのですか?」
心配そうに平八郎は言った。
「構わん、奴は奴なりに考えをもっておる。それに、登廊は一人でも充分強い。我々がともに行動しても枷になるだけよ。」
「しかし番乃助さん!これは個人の争いではない!我ら日の者が勝つことに意味があるのですよ!」
「駄衛門、お前の気持ちはわかるが、それは無理だ。それにお前も、一緒にいて気持ちがいいわけではあるまい。」
「くっ……。」
駄衛門は押し黙った。
「静かに。」
先ほどから黙っていた島丙吉が口を開いた。
「足音がする。」
「登廊の足音じゃないのか?」
「違う、登廊ではない。近づいてきている。」
「なにっ!?」
一同は驚愕した。こんなにも早く敵は動いていたのか。
「既に月の者が迫っている、ということか!」
「落ち着いてください、番乃助さん!」
「丙吉、敵の距離はわかるか!?」
「あと……20メートル。」
「すぐそこではないかっ!」
「皆、背中を合わせるんだっ!」
5人は背中を合わせた。皆が背中に汗をかいているのが伝わってくる。
カランッ……。
ちょうど駄衛門の正面に、横の家屋から剥き出しの刀が飛び出してきた。距離は10メートルといったところか。
「刀……?」
「あれは敵の囮だ。近づけばやられるぞ。」
興味をを持った駄衛門に、平八郎が牽制する。
「でも……、刀は1人1つずつだろ?ってことは既に1人は持っていないということになるんじゃないのか?」
駄衛門は歩き出した。
「よせ、駄衛門!」
平八郎の制止も聞かず駄衛門は歩いていく。
「いま刀はこの家屋から飛び出してきた。この中に潜んでいることはわかっている。」
「そうではない駄衛門!二人組の可能性もあるんだぞ!」
「我らは既に敵に場所を感づかれている!先に動くのが打開策だ、平八郎!」
やがて駄衛門は刀の側にまできた。やはり刀は先ほど支給されたものである。駄衛門は抜刀し身構えた。しかし、家屋から人が出てくる気配はない。駄衛門は刀を無視し、家屋の入り口へと接近した。
「後ろだ駄衛門!」
平八郎が叫んだ。駄衛門は急いで後ろを振り向いた。そこには全裸の男が立っているのが見えた。そして、自らの腹に刀が突き刺さる感触が瞬時に伝わってきた。
「貴様の命、貰い受けるぞ駄衛門とやら!」
「駄衛門!」
四人が一斉に走り出した。駄衛門は刀を捨て、両手で刀を掴んで引き抜こうとしている。その両手からは血が溢れ出していた。
全裸の男は、四人が近づいてきたのを見ると駄衛門から刀を引き抜いた。駄衛門は血を吐きながらその場に倒れ込んだ。全裸の男は4人に背を向け走り出した。
「逃がさんぞ、ゴミ虫が!」
林太郎が叫びながら男を追う。平八郎も追いかけていた。
全裸の男は刀を捨て、曲がり角を曲がった。林太郎と平八郎も曲がったが、そこに男の姿はなかった。
「あの野郎、どこに行きやがった!」
「林太郎。」
平八郎が静かに話しかけた。
「先ほどの様子を見ていただろう。奴は何もないところから出現した。どういう小細工かは知らんが、あの男は消えることができる。」
「じゃあ、なぜ奴は走って逃げたんだ。その場で消え、そのまま逃げればよいではないか。」
「そうすることができぬ事情があったんだろう。」
「知らんな、ともかくこのあたりを探すぞ。絶対に奴を逃してはならん!」
「待て、林太郎。」
平八郎は林太郎の肩をがしっと掴んだ。林太郎は怪訝な目で平八郎を見た。
「俺の推測が間違っていなければ……。」
平八郎は歩き出した。そして、いきなり抜刀するやいなや、無に向かって剣を突き刺した。すると、先ほどの全裸の男が剣の先に現れ、平八郎はそのまま貫いた。平八郎の剣は男の腹を貫通している。男の腹からは血が流れ、男は口からも血を吐いた。平八郎が刀を引き抜くと、男はその場に倒れ込み、平八郎は男の首を刀で斬りとばした。そばで見ていた林太郎は驚きを隠せない。
「お、おい平八郎。これはどういうことだ?」
「簡単な話さ。奴が刀を捨てたのは、刀を隠せなかったからだ。恐らく自分以外は隠せないんだろう。だから、服を着ていなかった。」
「まあ、そこまではいいとしよう。なぜ奴はあそこで留まっていた?そしてなぜお前はその場所がわかった?」
「あくまで仮定だが……、恐らく奴は消えたまま移動ができない。だから、駄衛門を斬った上で走って逃げ、俺らが見失った状態で姿を消した。なぜ俺がわかったかは……、こっちへ来て見てみろ。」
林太郎は平八郎に近づいていった。
「わかるか?ここに生えている草、少し折れているんだ。」
「あっ……。」
平八郎が指さした先、ところどころ草が生えているが、男が踏んでいたであろう箇所は、草が折れていた。
「平八郎、お前これに気づいたのか……?」
「まあ、な。」
「お前の観察眼はすばらしいものだな。」
二人が会話を終了したところで、番乃助が現れた。
「二人とも、あの男はどうし──」
言い掛けて番乃助は目の前の死体を発見した。首は取れ、腹は裂けている全裸の男がそこに転がっていた。
「仇は……取ったようじゃな。」
「ええ……。平八郎の機転でなんとかなりましたよ。」
「それは大義だった平八郎。だが……。」
片膝を立てた丙吉の隣には、先ほどと同じような死体が転がっていた。
「こんなに早くも我らの中から死人が出るとは……。」
番乃助が消え入りそうな声で言った。
「だが、駄衛門の死は無駄ではなかった。有利とはいかないが、相討ちにはできた。」
静かな声で丙吉が言った。
「皆、駄衛門の死は悲しいが、それは昨夜のうちに覚悟しておいたことだ。死体には情けをかけるなよ。」
林太郎が言った。その通りであると、皆は思った。
「そういえば、先ほどの男の消える能力。あれは石ではないのかな?」
番乃助が言った。
「確かに。言われてみるとそうですね。見てきます。」
平八郎は駆け、曲がり角の死体のところまで行った。
平八郎は腹を開け、胃と思われる臓器を取り出した。手で胃を裂くと、中には石が入っていた。
「やはり石は入っていたか。」
「ええ、やはり入ってましたよ。」
「どれどれ……。うーむ。血で汚れて断言はできないが、『子』と書かれておる。」
「『子』ですか……。」
「問題は、誰がこれを使う?」
皆は黙った。死を覚悟したと言えど、全裸には誰もなりたくなかった。
「あえて使わないと言った選択肢は?敵に殺された場合、奪われるのを防ぐためにもなります。」
「確かにその点ではよい。しかし、先ほどのように奇襲をかけるのには便利じゃ。先ほどは単独だったものの、複数で奇襲をかけるときには重宝するだろう。」
「……。」
再び沈黙が訪れた。
「仕方ない、これは儂が使おう。」
そう言い、番乃助は自らの口に入れると、そのまま、飲み込んだ。誰もが驚きを隠せなかった。
「血の味がするのう。」
番乃助は渋い声で言った。
「番乃助さん、申し訳ありません。」
代表するように平八郎が言った。裸で戦うなど、一番の屈辱役をやらせてしまった。
「なに、構わんよ。どうせ次に死ぬのは儂かもしれんしのう。」
「では、石が有効手段であることがわかったので、早めに回収しませんか。」
林太郎が言った。
「確かに。では早速出発するとしよう。」
「あれ、いま一瞬番乃助さんの首が消えた。」
平八郎が言った。
「なんじゃて?」
「もしかすると……。番乃助さん、ちょっと目を閉じてみてください。」
「ん?わかった。」
平八郎の言うとおりに番乃助は目を閉じた。たちまち、番乃助は服と刀を残し消えた。
「やはり、これは目を閉じている間、身体を消せるようですね。」
「なるほどな……。いやあ、こいつは便利なものを手に入れたわい。」
番乃助は笑いながら言った。




