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高梨ひふみの虐殺及び天使らの密談(3)


(懐かしい匂いがする。鼻の奥を刺激するような、匂い。視界が曇っている。口から言葉が溢れ出してくる。あたし今、何言ってるんだろう。耳鳴りが激しくて、自分が何を言ってるかが全然分からない。あたしはいま何かを蹴っている。先ほどまで苦悶の声を発していた『それ』は、もう動かないようになっている)


「つまんない、つまんない、つまんないんだよお前ら! <地獄>の瘴気吸うだけで肺ヤられて死ぬような奴らが、あたしの身体に触ってんじゃねえええええええええよ! 死ね! あ、違う、もう死んでる! ねえねえねえ全員死んでるよね? 生きてるって人が居たら、あたしに教えてね? 死んでるよねえ!? クズどもは、全員、死んでるよねえ!?」



(五つの死体——死体? あたしが殺した? よく分からない——が並んでいる。あたしはそれを順々に蹴っていく。た、の、し、い、と思っている。全員死んでるよねえ? 全員死んでるよねえ? って言いながら、死体を蹴って、たのしい、って思ってる)



「ひふみちゃん」



(誰かの声がする。独特の匂いーー地獄の瘴気ーーが漂う中、誰かが立っている。その人物はあたしに語りかけている。あいつも殺そう、とあたしの中の誰かが言う。なんで? とあたしは思う)



「だってえ、殺した方が気持ちいいじゃあん?」

「ひふみちゃん、大丈夫かい?」

「うるさあああああああああああああい! <爪立てる鷹! その双眸に宿る光たち!>」



(魔力が炎の形を取って、右手に集中していく。<炎>《ファイア》の系列に属する上位魔法の詠唱。半径一メートルほどの巨大な炎球。これぶつけたら気持ちいいよね? とあたしの中の誰か。そうだよねえ、気持ちいいよねえ)



「はじけて! まざれ!」



(炎球が拡散し、数千の炎球が目の前の人物に四方八方から向かう。見てよ、恐怖で歪んでる顔、見てよ、って誰かが言う。あたしは曇った視界で必死に『彼女』の顔を伺った)



「——ひふみちゃんは、ベジータみたいなこと言うなあ」



(笑っていた。お友達と一緒に居る時と、同じ笑い方をしている。降り掛かる炎の球のこと、その炎の球から逃げられないことを分かって、笑えるの? 炎球の一つが降り掛かる)



「死ねよ、燃えろよ、死ねよ、笑ってんじゃねええええええよ!」

「<無視する>」



(彼女が何かを口にしたら、降り掛かる炎が消える。ぱ、って消える。まるで存在しなかったみたいに、消える。それを皮切りに、一斉に炎が降り掛かる)



「<無視する>」



(全部、消える。ぱ、って消える)



「ひふみちゃん、疲れてるみたいだから、ちょっと寝よっか」

「<天掛けろ馬!>」

「<無視する>」


(詠唱しても、魔力が具現化しない。いつの間にか、彼女はあたしの目の前に居る。ほんとうに、鼻と鼻が触れるような距離。呪文を詠唱しようって思ったら、視界が真っ黒になって、膝から崩れ落ちて、ずううっと落ちていく感覚があって、あれ、あたしって。あれ、な、ろ、み、ちゃん)




***




 学園の端、<森>への入り口。死体が五つ。倒れた女生徒が一人。立っている女生徒が一人。

 佐々木なろみが言葉を発する。


「<魔力の影響を無視する>」

 

 地獄から呼び寄せられた瘴気ーー人体に有害なそれ——が消え去る。刺激臭が消え去って、佐々木なろみは大きく呼吸をした。


「なろみちゃん」


 突然、佐々木なろみに背後から声をかけたのは、サーラ。用事は終わったのか、となろみは顔も向けずに、言う。どこから現れたのか、とは聞かない。おかげさまで、とサーラが口にして、転がっている幾つかの死体を見る。仕事が増えたわ、と大げさに嘆く。死んだ人間の魂を回収するのは、天使の仕事だ。溜め息をつきながら、サーラが死体に近づこうとするのを、なろみが制した。



「サーラ、いいよ」

「ん? どういうこと?」

「魂の回収はしなくていい」

「——あかんよなろみちゃん、ボクの仕事やもん」


  

 仕事を減らしてあげるからさ、となろみが笑う。あかんって、とサーラが困り顔をする。

 

「生き返すつもりやろ、これ」


 死体を指差して、サーラが言う。


「生き返さないと、ひふみちゃんが殺人犯になってしまうだろ」

「一回死んだ人間をぽんぽん生き返されたら、ボクらの仕事無くなってまうやん」

「ちょっとくらいいいだろ? ていうか、きみが未来を覗いてたら、こんな事態は起こらなかったんじゃないのか」


 う、とサーラが眉を顰める。そんないちいち未来覗くの、めんどくさいねんもん、と言い訳を口にする。ていうか、道案内頼んだ子が人殺す確率なんか、天文学的確率やろ、とぶつくさ言って、倒れているひふみ——「条件」としてグルーヴィに出された女生徒——を一瞥する。職務怠慢だよ、となろみが皮肉った。

 サーラが何も言い返せないのを確認すると、なろみは死体に歩み寄って、言葉を口にした。



「<死を無視する>」


 男たちに変化はない。


「生き返ったん? これ」

「心臓は動いてるよ、たぶん。まだ気絶してるんじゃないかな。ま、いいや。サーラ、ひふみちゃん背負ってあげて」

「——この子、キミのこと殺そうとしててんけど」

「殺されてないからいいの。それに、可愛い」

「可愛い?」

「ショートボブで、背がちっちゃくて、色白で、目がおっきくてくりくりしてて、ひふみちゃんは超キュートでしょ。だからいいんだ」

「……なるほどね」

「ね、サーラ。早く行こう、ぼく早く検査終わらせて、クレープが食べたいんだ」

「はいはい、行こか」




 *



(入学前)編 おわり


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