入学式前日と、それに纏わるエトセトラ(4)
(箱囲学園・外れの森)
迷子になりました。
第六検査場に向かう途中、なろみちゃんといろんな話をした。なろみちゃんは足が長いから、歩幅が大きくて、校内の人の往来の激しさも相まって、最初は追いつくのが大変だったのだけど、途中から、なろみちゃんが気付いてくれたのか、あたしの歩幅に合わせてくれるようになった。
「さっきの男の人って、なろみちゃんのお友達?」
「んん……なんていうんだろう、不思議な関係なんだ。サーラっていうんだけど」
「女の人みたいな名前なんだね」
「あいつは適当に名前を付けてるからね」
名前って、親に付けてもらうものじゃないのかなあ、って思ったけど、複雑な事情があるのかな、って思ったから、何も言わなかった。
「ところでひふみちゃん」
「あ、な、なに?」
「すごく人通りが少なくなったけれど、検査場は本当にこっちかな。方向音痴すぎて度々ドン引きされるぼくが心配になるレベルで人が居ないのだけれど」
なろみちゃんに言われて、はっとする。なろみちゃんとのおしゃべりに集中しすぎて、途中から道順をまともに確認せず、人に流されていくだけになっていた。辺りを見ると、人はあたしとなろみちゃん以外居らず、木々が生い茂り、先ほどまで歩いていた明るい校内からは想像もつかないくらい、暗くて鬱蒼としたところに来てしまっていた。
「な、なろみちゃんごめん!」
「いいよ、気にしないで。けれど、僕たち以外に、こんな所に来る人が居るんだねえ」
なろみちゃんが後ろを見て、言う。え、とあたしは言って、なろみちゃんが見ている方向に顔を向ける。
男の人たちが居た。全部で五人。その中には、あたしが見たくない顔もあった。
——36かよ。
魔力含有量検査の時に、あたしのことを嘲った男の人だ。逆立てた茶髪に、サイズの合っていないシャツとジーンズ。その男の人にも、その周りにいる男の人にも、意地悪い笑みが顔に貼り付いている。怖いな、と思う。体が熱くなる感覚。ひふみちゃん、大丈夫? なんだか顔が赤いよ、となろみちゃんが言ってくれる。なんでもないよ、と口にする。
「は、はやく検査場に行かなきゃ、ね、なろみちゃん!」
あたしがそう言うと、そうだね、となろみちゃんは言った。まるで、その男の人たちになんにも興味を示していないみたいに、言った。でもあたしは気付いている。男の人たちの視線が、なろみちゃんに注がれていることを。なろみちゃんの長い足や、黒く艶やかな髪や、その……大きな……胸に注がれていることを(あたしも頑張れば、胸を寄せれば、なろみちゃんくらいにはなる。ほんとうに)。
あたしとなろみちゃんが男の人たちの脇を通り抜けようとする。けれど、男の人たちは広がって、道を阻んだ。すいません、とあたしが言うと、取り巻きの一人が、聞こえねえよ、と言う。顔が熱くなる。(指が痙攣する感覚。だめだ、だめだ)
「そこを通りたいのだけれど、道を開けてもらってもいいかな」
なろみちゃんが言うと、男の人たちは、色めき立った。なろみちゃんは、不快を顔に表すでもなく、当然、喜びを顔にしているわけでもなく、ただ、そこに立っていた。
「俺らと一緒に検査周ってくれたら、どくよ」
ツンツン茶髪の男が言った。その顔にはやはり、下卑た笑みが貼り付いている。近くで見ると、にきび跡が目立った。
「申し訳ないけれど、この子と一緒に周ろうと思っているんだ」
「この子? ああ、『36』?」
男たちが笑う。あたしの魔力量をあたしの蔑称にしているのだ。また、熱くなる。胸が、苦しくなる。(中指がびくん、と動いた。瞼が痙攣する。あ、た、し、は)
「いいよ、仕方ないから『36』も一緒に周ろう。それでいいだろ」
「あまり大人数で行動するのが得意じゃないんだよね。ごめんなさい」
「んじゃあ『36』と別れて俺らと周ろうぜ?」
「さっきからきみが言ってる『36』って、なに? 察するに、ひふみちゃんのことかな。ひふみちゃん、知り合い?」
ううん、違うよ、と言う。(膝から崩れ落ちそうだ。不思議な感覚がする。揺れている。時々、浮かんでいる)
「そいつ、魔力含有量がたったの36なんだよ」
「ぼくは1だったよ」
「知ってるよ、だから、誘ってやってるんだろう」
茶髪男が、あからさまになろみちゃんを軽蔑する。
「分かるか? この学園で、魔力が少ない奴ら——それも36とか、お前みたいな1なんて奴は——ゴミ同然なんだよ。だから、俺が、お前を誘ってやってるんだろう」
「ぼくの魔力が少ないのと、きみの誘いを受ける事の因果関係が分からないのだけれど」
「おいおい、魔力が少ないと頭も悪いのかよ? この学園で魔力が少ない奴はゴミ。だから、実力者がバックについて、守ってもらう。ギブアンドテイクだろ?」
「きみは、実力者なの?」
「魔力含有量3400。お前の3400倍だよ、算数は分かるよなあ?」
「分数の計算は怪しいけれど、それくらいなら」
「大人しく俺らと周れよ、な? 悪いようにはしないって」
茶髪男がなろみちゃんのうつくしい腕を掴む。なろみちゃんはこの時初めて、困ったような顔をした。恐怖でも、不快感でもなく、困惑を、その表情に貼付けた。ひふみちゃん、となろみちゃんが言う。(妙な音がする。頭の中から? ぶうううううううんって音がする。音がする音がする音がする。視界がどんどん白くなる。あ、た、し、は)
「『36』も仕方ないから一緒に連れて行ってやるよ。おい、行くぞ」
(白くなる視界の中で)茶髪男の声がした。足音が遠ざかっていく。あたしは動けない。数秒して、あたしがその場から動いていないのに気付いたのか、足音が一つ近づいてきた。(あ、た、し、は。あ、た、し、は。あ、た、し、は)
(鼓動が早くなる。血液が熱くなる。視界が真っ白だ)(あたし一体どうしてこんなに)(なろみちゃん、ここから離れて、と思う。言葉が上手く操れない。舌が、魚みたいに、びちびちびちっ! って。熱いのか寒いのかもう分かんない。頭ぼおおって気持ちいい感じ)
早くしろバカ、と言って、男が、あたしの腕を、掴む。
(ぶち、って音がした)
「——<あたしの身体に触るな下郎>!」
*
高梨ひふみ。性別は女。年は十七。誕生日は一月二十三日。魔力含有量36。魔力を持たない家系に生まれた魔術師。得意科目は国語、苦手科目は数学。得意魔法はなし、苦手魔法は全般。特に構築式が独特で難解とされる水系の魔法が苦手。
独自魔法の能力名、<あたしの身体に触るな下郎>(レイジ・オブ・ザ・クィーン)。効果は、一時的な魔力・身体能力の爆発的増大。
そして、——超攻撃的人格への変化。