入学式前日と、それに纏わるエトセトラ(1)
(箱囲学園・魔力測定室)
あたしは緊張している。
高梨ひふみです、と自分の名を言った。少し声が裏返ってしまう。
箱囲学園では毎年、入学式の一日前に身体検査及び魔力検査が行われる。校内見学も兼ねているのか分からないけれど、生徒個人個人が学園内を回りながら検査していく方式を取っている(スタンプラリーみたいだ)。多くの生徒はここで友達を作ったりするらしいし、実際、二、三人組で検査を周る人たちも多く見かけた。あたしは知らない人に声をかけたり、かけられたりするのが苦手なので、一人で周っている。
身長(145.3センチだったから、0.2センチ上がった!)、体重(ひみつ。)を計り終えて、次は魔力測定室で魔力含有量検査。
憂鬱だ、と思う。
魔力っていうのは、血筋とか、遺伝子とかで、持てる量が決まってる。あたしの家系はそもそも魔術師の家系じゃないから、他の生徒に比べて、持てる魔力の量がとっても少ない。訓練で持てる魔力の量は増幅するらしいけれど、あたしは訓練も受けていない。
「そこの機械に手をかざして、魔力をこめてごらん」
白衣を着た男の人ーー多分この学園の先生なのだろう——が指した、『そこの機械』は、昔見た『スターウォーズ』って映画に出てきた、R2-D2みたいな形をしていた。少し違うのは、そのてっぺんに、水晶が埋め込まれていること。ごめんね、後ろも詰まってるから、ちゃっちゃっとやってもらっていいかな? と白衣の男の人に言われて、ごめんなさい! と謝る。後ろを見ると、三十人ほどの生徒が列を成していた。あからさまに不満を抱いている顔の男子生徒たちも居る。その顔の厳つさに、ひ、と声を漏らしてしまう。
さっ、と機械に向き直って、手をかざす。
手に魔力を込める。
上手く説明できないけれど、体を巡る血液を熱くして、それを手に集めていく感覚。
鈍色の光が水晶に宿る。
あたしは頑張ってありったけの魔力を込めて、それから手を離した。
水晶に数字が現れる。36。
36だってよ、と後ろから嘲る調子の声が聞こえた。先ほど不満顔だった男子生徒たちだ。
「——んんん? 故障しているのかなあ」
白衣の人が自分の髪をもみこんで、困り顔をする。違うんです、これが精一杯なんです、と叫びたかった。顔が熱くなる。もう一度やってごらん、と白衣の人が言ったけれど、いいんです、と言った。彼はまた困り顔をしたけれど、あたしの顔を見て、多分トマトみたいに真っ赤だったからだろう、手元に置いてあったファイルに何かを書き込んで、おつかれさま、と声をかけてくれた。
ありがとうございます、と言ってその場を後にする。
***
先ほどの、小柄で色白黒髪ショートボブの女生徒——高梨ひふみの魔力含有量の欄に36、と書き込んだ。入学時における箱囲学園生徒の魔力含有量の平均はおよそ2000。少なすぎる、とは思ったが、魔力含有量が少ない生徒は多々居る。その内の一人だろう、と彼女の真っ赤になった顔を思い出して、次の生徒を迎える。ファイルに目を落としながら、名前を、と言った。
「佐々木なろみです」
顔を上げる。
とんでもない美少女だった。
先ほどの高梨ひふみも小動物的で、非常に可愛らしい女の子だった。ただ、この佐々木なろみと名乗った女生徒の美しさと比べると、遥かに劣る。
大きな目、シャープな輪郭、身長は目測であるが、恐らく170センチ前半、制服から伸びた四肢、その肌の白さ、細やかさ。まるでギリシア彫刻のようだった。ピンク色の唇は薄く、官能的な雰囲気を漂わせていた。黒髪が、その大きく膨らんだ胸元まで伸びている。
私が名前を聞き取れなかったと考えたのだろうか、佐々木なろみです、ともう一度名を言った。
我に返って、佐々木なろみを名簿から探し当てる。そこの機械に手をかざして、魔力をこめてください、と言った。思わず敬語になってしまう。はい、と返事。透き通るような声。
なろみが機械に手をかざす。その流れるような動作を、先ほど不平を述べていた男子生徒たちも列を乱して、食い入るように見ている。
水晶が鈍色の光を放つ。なろみが手を離す。
映し出された魔力含有量は——
1。