1話 魔剣もしくは聖剣
次の日、また一行は北を目指して旅をしていた。
北に行くにつれて出てくるモンスターも徐々に強くなってはいたが、とくに苦戦することなく順調にすすんでいた。
主に村人たちの活躍で。
角の生えたすばしっこいウサギの魔物ときは、剣術の先生が「あのスピードに慣れさせるために皆、手を出さずにカインに仕留めさせてやってくれ!」と言ったので最初から最後までカインが仕留めた。
終わると村人たちからの暖かい拍手に包まれ、カインはとてもいたたまれない気持ちになった。
ちなみに姫は貴族の子息とお茶会、岩男は筋肉の際立つポーズの研究を行っていた。
ある夜、あまりにも活躍していていない自分に疑問を覚えたカインは、学校の勉強担当の先生のもとへいった。
「どうしました、カイン?」
メガネをかけいつも本を片手に持ち、若いながらその博識さで皆の疑問に答えてくれるアイギスト先生が穏やかな笑みでカインを迎えた。
「先生、お聞きしたいことがあるんです」
かしこまった様子のカインを見つめ、アイギスト先生はふっと目を細めた。
「では、ここは人が多いですから、あちらの木陰に行きましょう」
焚き火を皆で囲んでおり、こっそりと相談をするような状況ではなかった。
アイギスト先生のあとをついて移動するカインの視界の隅に、ちゃっかりといちゃついている両親を見たような気がした。
なんだか煙が目にしみた。
「ここなら誰にも聞こえることはないでしょう。青少年の悩みとはなんでしょうか?」
「先生…」
アイギスト先生の穏やかな声に促され、カインは貯まりにたまった胸中の思いを告白した。
「僕、伝説の勇者といわれていますが、なにも活躍できていません。どうして僕が伝説の勇者なんでしょうか?」
カインの真剣な表情に、アイギスト先生はそっと息をはいた。
「少し長くなります。お茶でも飲みながらお話しましょう」
そういってアイギスト先生はいったんカインをおいて焚き火のそばに戻ると、二人分のお茶を用意して戻ってきた。
「マーサさん特性のハーブティをいただいてきました。肩の力を抜いてお話しましょう」
湯気の立つお茶はとてもいい匂いがした。
カインはその匂いをゆっくりかぐと、自分の顔がこわばっていたことを感じた。
アイギスト先生はカインの変化を見守ると、微笑んで口を開いた。
「あなたが伝説の勇者と呼ばれるのは、その伝説の剣と鎧に選ばれし者だからです」
「そもそも伝説の剣と鎧とはどういったものなのでしょうか」
カインは、最初に身に着けたときに頭に響いた不思議な声を思い出しながら鎧をさすった。
『…あぁん…』
変な声が聞こえた気がして辺りを見回した。
頭の中で響いたとは決して認めたくなかった。
「その剣は、人により魔剣とも聖剣とも呼ばれます」
「やっぱり魔剣なんですか!?」
カインはあいかわらず外せない鎧と剣に身震いしながら悲鳴をあげる。
「魔王に傷をつけることができるのはこの世界でその剣しかないのです。そして魔王の攻撃を防げるのはその鎧しかありません、その点ではこの剣は聖剣と呼べるでしょう。しかし…」
「…しかし?」
カインはゴクリと唾をのみながら身を乗り出した。
「その剣と鎧は身に着ける人間の選り好みが激しく、それが魔剣とよばれる所以でもあります」
「な、なにか特別な条件や、神に選ばれたものとかあるんですか!?」
ようやくカインの求めるなにかが見えてきた気がした。
「見た目の良く純粋な童貞ショタしか身に着けることを許さないという話です」
「…は?」
アイギスト先生は至極まじめな顔でカインの肩に手を置いた。
「つまり、そのような邪な思いを抱く剣と鎧ということで魔剣と呼ばれ、その魔剣に選ばれた稀有な存在を人々は『伝説の勇者』と呼んで讃えるのだそうです」
カインは折れそうになる心を必死で励ましながら先生に問いかけた。
「つ、つまり、この鎧と剣を身に着けているだけで、『僕は童貞です』って宣言しまくってるようなものですか…?」
先生は悲壮な顔をするカインを安心させるように穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。これはあなたが予言を受けてから私が伝説の鎧と剣について調べた知識であって、一般には知られていないことです」
「…そうですか…」
カインは安堵と落胆とさまざまな思いが入り混じり脱力した。
先生はそんなカインを微笑みながら見守り、(村の皆は知ってますけどね)という言葉はそっと胸にしまった。
しばらく脱力していたカインだが、アイギスト先生を見上げて寂しげにつぶやいた。
「つまり僕の力や素質なんかはちっとも関係ないんですね…」
「そうですね」
そっけなく言い放たれた言葉に、カインはさらにうつむく。
「しかし、『勇者』なんて他人のつけた称号で人生を決めるなんておもしろくないでしょう? 村の人々はあなたが勇者になるとお告げを受けてから、あなたを助けるためにさまざまな道を選び研鑽ししました。私もそれまではそこらにいるチンピラでしたが、勇者や魔王の伝承を調べ、あなたに少しでも助言ができるように勉強して教師の道を選びました」
カインが顔を上げると、かわらぬ穏やかな笑顔がまっていた。
「あなたはまだ若いのです。人々があなたを勇者と呼んでも、それに合わせるのでなくあなたが自分の道を選びなさい。勇者というのはひとつの通過点でしかありませんし、そのために私たち村人がいるのですよ」
「……」
カインはなんだか涙が出そうになった。
「…ありがとうございます…」
なんとか堪えて出した言葉は、情けないくらいに震えていた。
その夜、カインはぐっすりと眠った。
そして次の日は村の人々が目を見張るぐらいにご飯をたべ、意気揚々として魔物たちを倒していった。
そんなカインを遠くから眺めながら「若人の悩みとはいいものですねぇ」とつぶやくアイギスト先生は、人間の若者にはありえない神聖な気配をかもしだしていた。
張り切るカインを見守る人がもう一人いた。
それはマリーさんだった。
「やっぱり若いうちは全てを吐き出すことが大事だねぇ…」
昨夜のマリーさん特製のお茶には、ほんの、ほんの少しだけマリーさんの気遣いの自白剤が混じっていた。
アイギスト先生はそのことを知らない。
マリーさんの満足げな言葉に、たまたまそばにいた男の子たちが反応した。
(お、おい。カインの奴、昨日の夜に若いアレを全て吐き出したらしいぞ!)
(ア、アレってアレか!? カインの奴、今まで自分でしたこと無かったのか!? )
(もしかしてアイギスト先生に教えてもらったのか!? )
(あの鎧を着ているあいだは童貞のままだもんな…。かわいそうな奴…)
伝説の鎧は魔王を倒して外れるまで、鎧と剣の嗜好によりチェリーボーイを守る貞操帯の役目もかねていた。
アイギスト先生は張り切って魔物を倒し続けているカインを見て、ふと思った。
「そういえば鎧はなんて呼べばいいのでしょうね…、魔鎧とか聖鎧とかだと語感が悪いような…。ふふ、何年と生きようと、疑問というものはつきないものですね…」
少年が一歩大人に近づいたようで、引き離されたような一日であった。




