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3話  羊のうた



 カインは青空の下、羊たちの糞をスコップで集めていた。

この糞を乾燥させて薪の代わりにするのだ。

「森の住人」と呼ばれていた彼らは、カインたちが村に戻ってくると涙を流して喜びながら出迎えてくれた。

が、結局彼らが何なのかカインにはわからないままだ。

彼らは普通の羊として生きるのも楽しいもんだ、とそれ以後も普通の羊としてカインたちに飼われている。


「俺たちの糞が役に立つとはなぁ…」

「あぁ、それ俺の糞…」

ただ、糞を集めているときに恥ずかしそうな視線をいちいち送りながら人語を話すのはやめてほしい、とカインは思いながら黙々と作業に没頭した。

(そんなこと言われたら、僕だって何か怪しいことしているみたいじゃないか……)

いや、いまいち集中しきれないカインだった。


「あ」

取り損なった糞が、カインの手に触れてしまった時だった。


 キィィイィイイイイイイイン


 ガラスをこするような不快な音が当たりに響き、羊たちもカインも思わず手で耳をふさいだ。

音はすぐにやんだが、しばし耳に残る不快感に皆すぐには立ち直れなかった。

「…手、汚れてたんだっけ…」

カインだけは別の理由で呆然と自分の手を見つめていた。


「結界を魔族がすり抜けたぞ!!」


 顔に傷があり、他のより一回り大きい羊が叫んだ。

他の羊たちもどよめく。


 そんな中、牧場に突如陽炎がたった。

羊たちが見守る中、空間のゆがみはやがて人の形になり、一人の魔族が出現した。

その姿を見た羊も、そして手に気を取られていたカインも驚いた。


 その者は肩まであるプラチナブロンドの髪をゆったりと流し、見るものを引き込むようなアイスブルーの瞳を細め、朝露に濡れる紅色の花のような唇は笑みのかたちに弧を描いていた。

首から下は漆黒の衣装ですべてを隠しているため男か女かわからないが、そこには性を超越した美しさがあった。

カインも羊たちも目の前の美しい存在に息をのみ、ただただ圧倒されていた。


 その者はカインを認めてニコリと微笑むと、恭しく頭を下げた。

「お久しぶりにございます、勇者カイン殿」

「え!?」

カインは微笑みかけられて思わず頬が赤くなると同時に、目の前の美しい存在に心当たりがなく叫んでしまった。

今まで会った魔族(へんたい)のなかに、こんなに美しく気高い雰囲気の者はいなかったはず…。

いや! あの鎧と剣を含めても、いなかったと自信をもって断言できる!!


 そんなカインを眺め、魔人はふっと花がほころぶように微笑んだ。

「いやですね、私ですよ。かつて美王を名乗っていたビュートですよ」

「えぇえええええ!!」


 複雑な思いで叫ぶカインに、ビュートは歌うように語りかけた。

「対峙した時にあなたと聖剣に諭された私は、原点に戻り元の自分を磨きなおしました。そして、今では素の自分で女も男も関係のないハーレムを築くことができたのです!」


「……僕は何も言っていません…。って言うか、両刀はそのままなんですね……」

「究極のハーレムと言ってください」

「……ハーレムって言う必要はあるんですか?」

「そこが私の原点ですから」

「……ソウデスカ……」


 カインは何だか懐かしいやり取りにため息をつき、そして懐かしいと思った自分に気づき愕然とした。

そして中身が残念なことに変わりはないが、やはり美しいとしかいいようのないビュートに視線を戻す。

「……それで、今回のご用件は何でしょうか? もしかしてそれを言うために?」

「まさか!」

ビュートはそこで、流れるような美しい動作で礼をした。


「我が魔王様が、カイン殿に会うことを望んでおります。そのために、お迎えにあがりました」

「はぁ!? 勇者と魔王の戦いは終わったでしょ? 魔王だってアレで満足したんでしょ!?」

思わず怒鳴るカインに、ビュートは整った眉を困ったように下げた。


「それが、満足しすぎて忘れられなくなって、カイン殿にもう一度お会いしたいそうなのです」

「絶っっっ対、お断りです!!」

カインは光の速さで断った。


「なら、お友達からはいかがでしょう?」

「何のお友達ですか!」

「う~ん、では少しお茶をするだけでも…」

「い・や・ですっ!!」

「では、交換日記もしくは文通などは?」

「やっ!」


 一向に譲る気配のないカインに、ビュートはやや弱ったような表情で甘く微笑んだ。

「うっ…!」

なんだかカインの良心がチクッと痛む気がした。

(ぼ、僕は何も悪くない…)


「なぁカイン、ここまで言うんだ。ちょっと顔を見せるだけでも行ってやったらどうだ?」

「オレもそう思うぞ」

「えぇ!?」

羊たちが次々に言いだし、カインの心は大きく揺れた。

困惑しながらちらりとビュートのほうを見ればあいかわらず甘い微笑みを浮かべており、ビュートを困らせていることに罪悪感を覚えた。


「…なら、僕の父さんと母さんがいいって言ったらいいですよ…」

「本当ですか!? あぁ、良かった」

ぱぁっと光り輝くような笑顔を間近で見せられ、カインと羊たちは赤面しながらそのまばゆさに目を覆った。

ビュートは意識しないで魅了の術を使えるようになっていた。




 その後村はずれのカインの家にいったが、魅了の術にはまった両親はあっさりとカインの魔王城行きを許した。

しかもお菓子の手土産も持たせてくれた。


「カイン、失礼のないようにな」

「よろしくお伝えくださいね」

両親が見守る中、カインはビュートに連れられて魔王城へと転移した。



 魔王城では、おしゃれな小部屋に貴族の人たちがするようなお茶会の準備がされていた。

綺麗なお菓子に目を輝かせながら、ビュートに促されてカインは椅子に座った。

やがて、そろそろと静かに表れた魔王を見たとたん、カインの頭の中で何かが砕けるような音が鳴り響いた。

魔王の変態思考の数々を思い出し、魅了の術が砕け散った瞬間だった。


 後にビュートは語る。

真の自分に目覚めてから魅了の術を破られたのは、前にも後にもあの一度きりであったと。



「……帰る」

地を這うような声と凍り付くような視線に、魔王は冷たい美貌を固まらせてビクッとなった。

「まぁまぁ、ここに並べておりますのは魔王様がカイン殿のために世界から厳選したお菓子とお茶でございます。どうかご賞味くださいませ」


 ビュートの取り成しにより、カインはしぶしぶお茶会に参加することにした。



…あれ? エピローグのつもりだったのにまだ終わらないなぁ…

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