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2話  花畑の対峙

 

 やがて花畑が見えてきた。


「うわぁ!」

村の少女たちが歓声をあげた。

岩男のいう「花畑」とやらに不安を覚えてきたカインだったが、目の前の花畑は確かに見事なもので、ほっと安心するとともにちょっとだけ気分がよくなった。

素朴な野の花がいろとりどりと一面に咲き誇り、少女たちはさっそく花束を作ったり少年たちは花束の中に寝転がったり、大人たちは花見酒だとそこらに座り込んでどこからか取り出した酒を飲みだした。


「ちょ、ちょっと。みんな気を抜きすぎじゃない…?」

花畑でいきなりくつろぎだした村人たちを見て、さすがにカインは違和感を感じていた。

あれだけ怪しい態度をとっていた岩男と姫を見たら、この花畑だって罠かもしれないだろうに…。


「あ! そういえばあの人たちは…」

カインが岩男たちの姿を見つけようとあたりを見回したそのときだった。


 見せるために作られた筋肉の腕が、カインを背後からガシッと羽交い絞めにした。


「うわぁぁっ!? 」

驚いて背後を見ると、目もうつろな岩男がカインに抱きついている。

ギリギリと締め付けられて身動きも取れない。

カインは振りほどこうと激しく身もだえしたが、その腕はまるで金属のようにがっちりとカインを締め付けて微動だにすることはなかった。


 まさかこんな人目のあるところで手を出してくるなんて!!


 焦るカインの前に、ゆらりと人影がたった。

「!!」

それは岩男と同じく目をうつろにした姫の姿だった。

姫はこの旅で見ることのなかった杖を構えて立っていた。


「な、何をする気ですか!?」

身動きの取れないカインの目の前で、姫の杖にみるみる魔力が宿っていく。

「炎の精霊よ、古の契約により我の問いかけに答えよ、い―――」


 カインは迫り来る炎の予感に必死に顔を背けた。




「……?」

いつまでも衝撃がこないことにそっと目を開ける。


「うわぁぁぁああああ!!」


 悲鳴をあげるカインの目の前には、杖を持っていた腕を二の腕から切り落とされ血まみれで倒れている姫の姿があった。

ふっと背後の戒めも解ける。


 嫌な予感に振り向くと、こちらも両腕を切断されたいわ男がビクンビクンと痙攣しながら倒れていた。

「いやぁああああああ!!」

あまりにも衝撃的でグロテスクな光景に、カインは腰が抜けて座り込んでしまった。



「カイン! 間に合ってよかった!!」

見れば姫の側に血に染まった杖を持った母と、岩男のそばにバスターソードを構えた父の姿があった。

「と、父さん、母さん……これってさすがにアウトでしょ……」

へたりこんだカインには、城から指名手配される父と母の姿が目に浮かんだ。

そんなカインに、母は魅力的な笑顔を見せてウインクした。


「嫌だわカイン! お母さんの職業を忘れたの?」

「………」

カインの知る母の職業は、専業主婦しか思いつかない。


 母は杖を血まみれの杖を掲げて笑った。

「お母さんはヒーラーよ! こんな怪我すぐに治しちゃうわ! それよりカイン…」

母の顔は険しくなる。


「カイン、真の敵が現われるぞ…気を抜くなよ…」

背後から父の重苦しい声がかけられた。

見れば父はどこにも怪我をした様子はないのに苦しそうに立っている。

よく見れば母も笑顔の影に脂汗をかいているのが見えた。


 どうしたの?

そう両親に声をかけようとしたカインの耳に、艶かしい声が届いた。



「ふふん、この私の魅了の術を一瞬でも耐えるなんて、これぞ親の愛ってところかしら…」



 花畑の奥に、金髪で露出の多く、隠れている部分もスケスケで見えてしまいそうな服装の女が立っていた。

赤く色づいた唇は蠱惑的な魅力を放ち、その女が身じろぎするたびに豊満な胸は揺れ、尻はムチムチとして視線を縫い付けては離そうとしなかった。


 お子ちゃまなカインからすればその女の色気は、魅了されるものではなく圧倒されるだけのものだった。

口をぽかんと開けてカインは見ていた。

その視線を自分に見とれていると勘違いした女は、もっと胸を突き出して妖艶に微笑む。

カインはドン引きした。



「うふふっ、お仲間の戦士と姫は簡単に私に魅了されたわよ? まぁ、鎧と剣を奪うように命令したのに失敗して使えない奴だったけどね…」

「…あ!」


 カインは悟った。


 昨夜のあれは自分に手を出そうとしたのではなく、鎧と剣を奪おうとしただけだったんだ…。

カインの顔は真っ赤になった。


「うふふ、顔を真っ赤にしちゃって可愛いわね…。仲間を操られて怒っているの? それとも私の魅力に照れているのかしら…」

もちろんどちらでもない。


 カインはハッとして辺りを見回した。

両親も、そして村人たちも苦しそうに顔をしかめて座り込んでいる。

「皆に何をしたっ!!」

「こいつらには魅了の術が効かなくてね、気を緩ませたうえで行動を奪うので精一杯だったわ…。なんて強い精神かしら…」

女は忌々しそうに言った。


「だ、大丈夫だぞ、カイン…。と、父ちゃんは、母ちゃんひとすじだからな…」

「…や、やだ…あなたったら…」

とりあえず両親の声は無視をした。


「お、お前は誰なんだ!!」

もはや花畑に立つものはカインと女の二人だけだった。

カインは今度こそ皆を守る!と己を奮い立たせて怒鳴った。



 とたんに花吹雪が舞う。

カインは思わず顔を守るように腕で覆った。


「我こそは美しすぎる魔将軍ぅぅううんん、美王のビュートよぉぉぉおおおおっ!!」


 素朴な野の花の咲き誇る花畑に、毒々しいくらいの赫い薔薇の花びらが舞った。

名乗りにあわせて女の、いや、美王ビューとの巨乳がぶるるんと揺れた。

カインはそれを見て、村のおばあちゃんが泉で水浴びをするときに垂れたお乳を肩に乗せているのをなぜか思い出した。



「さぁ! もうお前を助けてくれる村人はいないわよ!」

カインは座り込む村人を背に剣を構える。


 だけど母さん、早く姫と岩男を治さないと出血多量で死んじゃうよ…。

カインはそっと胸の中で母に語りかけた。


 そのとき、対峙する二人の間に苦しげな声が割って入った。


「美王ビュートは確か、男の吸血鬼だったはずですが…」


 それはアイギスト先生だった。

とたんにどす黒い瘴気が吹き出る感覚にカインがビュートを見ると、その顔は憤怒の感情むき出しで髪は逆立ち化粧は崩れ、つけまつげは頬に張り付き黒い汗がひび割れのように顔をつたい、とにかく酷い顔だった。


(か、顔が崩れてる…)

カインはどうにかその言葉を飲み込んだ。



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