ピンポンダッシュ狩り
S中学校の生徒の半数が通る通学路に、オーがいる家はある。
誰も彼のことをその名前で呼んだりはしないが、地元ではとても有名だった。
見た目は75~80歳ぐらい、白髪が混じった髪がやや後ろへ後退している。
オーはいかにも老人らしい見た目をしていた。
顔にはしわがあるが腰は曲がっておらず、しゃんと立っている。
平日の毎朝8時から8時50分の間は、S中学校の生徒がオーがいる家が面している道を通って学校へ通っている。
この道は学校へ行く時は上り坂で、帰りは下りになる坂である。
最近の中学生は多種多様で、色々な生徒がいる。
昨日のテレビ番組に出ていたアイドルの話をしたり、暗い表情を浮かべ足早に学校へ向かったり、担当の先生の悪口を言ってみたり、友人とじゃれあったりと各々の通学の仕方があるようだ。
また、この道はS中学生だけではなく、会社に行く地域住民達なども多く利用していた。
中には自転車、車などの徒歩以外の方法で通勤・通学する者も多く、これだけの人やモノがいるこの時間のこの道は大変な混雑をみせていた。
オーもこの時間は家の門の前に立ち、通学路の賑いの一員になっている。
オーは仕事へ行く訳ではなく、この道が仕事先のようなものであった。
そのオーの前へ、5人ぐらいのS中学生達が登校してきた。
ズボンを腰よりも下に履き、シャツをズボンから出しているやんちゃな生徒がワイワイ騒ぎながらとても楽しそうに、しかし騒がしく。
生徒が丁度オーの目の前を通り過ぎようとしたその時、オーは突然大きな声を発した。
「横に広がって歩くな!!」「カバンを振り回すな!!」「ズボンをきちんと履け!!」
と、その生徒達に対して怒鳴り散らした。
その大きな怒鳴り声に驚き、その大きな怒鳴り声が自分たちに向けられていることに気付いた生徒達も反撃として汚い言葉を浴びせてはみるが
「やかましい!!」「口答えをするな!!」「良いからキチンとズボンを履け!!」
と、それよりも大きな声で何度も怒鳴ってくるので生徒達は渋々ではあるがズボンを上げ、シャツを入れ、小声で文句を言いつつS中学校へ向かっていった。
これがこのオーの朝の仕事である。
学校から派遣された者でもなければ、警察官でもないが、オーは通学マナーの悪いS中学生に対してこうして怒鳴り、マナーを守らせていた。
このオーには朝の仕事以外にも仕事があり、これこそがオーの本当の仕事と言っても良い。
それは、中学生の下校時に行うものだ。
下校というものは部活や委員会等で下校時間のバラつきがあるため、比較的道は空いている。
なのでかは分からないが、この時間まではオーは立ってはいない。
そのオーのいない道へ、今朝オーに怒鳴られた生徒達が息をひそめながら学校の方角からやって来た。
「あのジジィ、いる?」
「いない、多分家の中じゃないか?」
「よし、やろうぜ!」
「出てきたら直ぐに逃げるぞ!」
「相手はジジィだから余裕だな」
こんな会話を小声でしながら、代表がオーの家のインターフォンを押した。
ピンポンダッシュである。
今朝オーに怒られて反省をしたからではなく、計画を練っていたから小声で会話をしていたのであった。
インターフォンの音が外に居る生徒にも聞こえた瞬間、オーが勢い良く玄関から飛び出してきた。
「こら!!」
生徒達はオーを馬鹿にしながらも走って逃げて行き、捕まえるのが難しくなったのか、オーはまた家の中へ戻っていった。
これがオーの本当の仕事である。
中学生の間ではこの一連の流れを【ピンポンダッシュ狩り】と呼んでいる。
「家の中から見張ってるような早さで玄関から出て来る」
「その度に凄い大きい声で怒鳴る」
「必ず出て来る」
これがやんちゃな中学生達にはたまらなく面白いようで、ほとんどのやんちゃな中学生は在学中に一度はそ【ピンポンダッシュ狩り】を経験するようだ。
ある主婦が、午後のひと時を静かに満喫していた。
そのゆるやかな空間にインターフォンの音が鳴り響く。
主婦は一瞬嫌な気持ちになったが、直ぐに安心して玄関を出た。
「あら、不動産屋さん!今日はどうしたんですか?」
「隣の家へメンテナンスを入れた帰りに最近の様子を伺おうかなと思いまして。」
「もう大助かりよ!!
あの日を境に朝の通勤も楽になったわ。なによりピンポンダッシュ!あれがピタッと止まったの!!
これでマッタリとお茶が飲めて気分が良いわ。」
「そうですか!あの日を境にですか!」
「もう最高よ!オタクの会社が隣の空家に老人型ロボットを置いてから毎日快適よ!あのロボット、本当に良く出来てるわよね!」
「ありがとうございます。
何度も御話はしましたが、朝の時間帯は事前にインプットした素行の悪い行動や服装、声量等に反応して怒鳴るように設定してあります。
また下校時のピンポンダッシュも、インターフォンに反応して怒鳴るよう設定してありますので、ロボットが良い標的になって周りの皆さまの御宅への被害を予防しています。」
「空家に用があるのなんて、ロボットを設置したオタクさんの会社くらいでしょ?
だから間違えて事情を知らない一般の人に怒鳴ることもないしね」
「はい、その通りです。では私はこれで。
また後日、ロボットの利用継続の契約の御話に伺いますので、地域の皆さまとご検討をよろしくおねがいします。」
「多分、みんな継続には賛成すると思うわ。この穏やかひと時が無くなるなんて考えたくもないもの」