黒いトラウマ
『私、あの子が何考えてるかわからないわ』
『それは俺だって同じだ。上の二人はまだ分かりやすいのに、どうしてあいつは無表情なんだろうな』
『育て方を間違えたのかもしれないわね…』
『みんな同じように育てたつもりだったんだけどな…』
母と父が会話するのを私はたまたま聞いてしまった。いや、たまたま、ではない。自分が眠っている間に今日持って帰ってきた絵を、両親が誉めてくれるのではないか。そんな期待を胸に、私はリビングのこたつで寝たふりをしていた。
私の描いた宇宙のような真っ黒な絵。
家族で出掛けた時に見た滝を表現した絵。
轟々と落ちる水がとても怖かった。
だから色は恐怖を表した黒。
両親はその絵を見ながら、そんな会話をしていたのだった。
最も長い時間を過ごす家族にさえ理解されなかったのだという辛辣な事実を、小学生だった7歳の私は受け止めた。厳密には受け止めきれなかったが。
私は子供らしい子供ではなかった。どこか冷たい目で同世代の子供を見ていたし、素直に感情を表現できなかった。子供特有の可愛らしさが私にはなかった。自分でも冷めている人間だと自覚はしていたが、家族には別だった。誉めてほしい願望もあったし、可愛がってほしかった。
だからその日も、よく描けていると先生に誉めてもらったその滝の絵を急いで持ち帰ったのだ。
子供を起こすまいと声を小さくした両親のひそひそ話す雰囲気が、どうしても陰湿なイメージを与えた。
あぁ、私はそんな目で見られていたのか。
子供らしくない。
考えが読めない。
私はこれでも子供なのに。
言葉を理解し、感情を持った人間なのに。
私は理解されない。
両親にさえも。
その頃から今に至るまで、私の本心は私だけが知る。私と私自身のみが共有するものになった。
親友にも、恋人にも、私の考えはきっと理解されない。きっと誰も分かってくれない。あの日見た滝の恐さも。誉められたくて必死だった幼い私の心も。
私は両親に理解されなかったあの日から、黒と水がトラウマなのである。