箱庭の少女パート4
12月26日 22時58分(北朝鮮標準時)
<<北朝鮮東南国境線上の軍事科学基地>>
「おい、今遠くの方が光らなかったか?」
高台の監視施設の窓から、少将クラスの北朝鮮軍人が唐突に言う。
レーダーを凝視していた兵士の一人は窓の外に目を凝らしながら、
「気のせいではないでしょうか?レーダーには何も……」
「そうか、それなら良い」
少将の男がホッと息を吐くと、
「おや?もう疲れてんのか。情けないね〜」
階段に通じるドアを開いて入ってきた、片目に一文字の切り傷を刻んでいる隻眼の黒人が言う。
黒人は軍服を着服しておらず、迷彩服を着服。肩には暗視ゴーグル付きレーザーサイト装備のフルオート式アサルトライフルを担いでいる。
少将の男は機嫌悪そうに舌打ちをして、
「傭兵の分際で、気安く話しかけるな!アメリカ人ならなおさらだ」
「言うねー。だが、それは俺も同様だ。北朝鮮の軍人が気安く俺に言葉を吐くなよ。少将殿」
「貴様!」
軽い口調で言う黒人の男に、少将の男は激怒するように大きな声を張り上げた次の瞬間、黒人の男は肩に担いでいたアサルトライフルの銃口を、少将の男の心臓に突き立てる。
「金の支払いを素直にしてくれたから、俺がここに居るんだ。本当だったら、今頃は貴様を殺しているよ。少将殿」
少将の男は青ざめた。黒人の男の目に殺気がない分、余計に恐怖心が生まれる。
「ハワードを、き、貴様、こんな事をして、許されるとでも」
「許されないだろうな。だが、それは同じ軍人に適用される話だ。傭兵にそんなモノはない。それとな少将。俺のファミリーネームを気安く呼ぶなよ?貴様らが呼んでいいのは『ハインド』だけだ」
鋭さを秘めた眼光でそう言うと、少将の心臓に突きたてていたアサルトライフルの銃口を下げて、肩に担ぎなおす。
少将は早鐘を打つ鼓動を感じつつ、ハインドと呼んだ黒人の反対側を向いて、
「さっさと持ち場に戻れ。もらった金額分の仕事をしてもらわないと困る」
「おー怖い怖いっと。例の東洋人がここを襲撃する事を祈りながら、夜空の星でも眺めているさ」
「少将、いいんですか?あの男をあのままにしていて」
ハインドが階段を下りていくのを確認した兵士の一人が、少将を顔を見ながら訊いた。
「ふん、もちろんこのままにしておくつもりはない。だが、ここは泳がせる必要があるのだよ。泳がせる『必要』がな」
「例の実験が成就する過程に必要なのですか?」
「ああ、奴ほど最適な人間は居ないからな。まあ、今頃はまだ教育中なんじゃないか?あんな東洋人の女を犯して、何が楽しいのだろうな。あの研究者達は」
「しかし、苦痛を与える拷問よりは、精神的にダメージを与える方法としては効果絶大ですよ。ですが、生体兵器に頼るとは、我々軍人のプライドも地に落ちましたね」
「軍人は上の命令を聞いていればいい。余計な詮索はしない方がいい。それに、生物兵器は所詮は兵器・武器なのだから、兵器をどう扱おうが、我々の勝手でもある」
「生かすも殺すも、我々の自由、という事ですか。――」
突然、レーダーに機影が映る。窓の外を見れば、一発の巡航型ミサイルは肉眼でも視認出来る。
明るいどの色とも違う光が、基地の中心から数キロ逸れた地点を爆撃した。そして、基地内に大きなブザーに似たアラームが鳴り響いた。
少将はすこし呆気に取られつつも、
「どこの国の巡航ミサイルだ!?」
「すこし待ってください。――なんだこれは!?」
レーダーを見ていた兵士は驚愕した。そして、大きな声で、
「第2次世界大戦中の巡航ミサイルです!発射された場所は特定不明。周囲にジャミングが掛けられていて、他の基地に応援を要請出来ません!!」
「だったら、守りを固めろ!ここを破壊されたら、国そのものが不味い事になるんだ!」
少将が血相を変えた様子でそう言うと、兵士は首を上下に頷かせて、
『緊急発令!総員は完全武装で研究施設周辺を警戒しつつ、侵入者や空からの爆撃に警戒!』
野外スピーカーすべてから、大きな兵士の声が響いた。
慌てふためく北朝鮮兵を尻目に、アサルトライフルを肩に担いでいるハインドは、日本製の煙草を喫煙している。
煙草を口に咥えたまま、
「おー願いが叶ったな。どんな奴か、楽しみだね〜っと」
実に愉快そうな含み笑いをしながらそう言って、何もない夜空を見上げる。