箱庭の少女パート2
12月24日15時00分(グリニッジ標準時)
<<ギアナ奥地テーブルマウンテン標高900メートル>>
濃霧に包まれたテーブルマウンテンの頂上付近は激しい乱気流が発生していて、気流は不安定である。
水平になっている場所に、黒い戦闘機が着陸して、エンジンが完全に止まっている。
その戦闘機の右舷のウィングに腰掛けている黒いコート姿の少年の姿がある。
読んでいる資料はすべて英語で記載されており、ほとんどの内容がこの黒い戦闘機の事だ。
<<ブラックゴーストの機体情報>>
『1920年に地中からたまご型カプセルを発見。設計図・装甲材料を詰め込んだカプセル内部には地球の文字ではない不明な文字が刻まれていた。当時の開発に携わった20名の科学者は秘密保持のため抹消する。1924年、未知の技術で開発された黒い戦闘機を<ブラックゴースト>と呼ぶ。燃料は不要。特殊修復装甲の耐久性は非常に高く、自己的に修復されるので、整備は不要。迷彩機能<擬似装甲>を搭載。左右のウィングに装備されている無線式思念誘導兵器<サテライト>を操作するため、搭乗者の両手に思念金属を埋め込む。副作用として、思念金属を埋め込んだ人間の心停止を確認した際に、乾燥を防ぐ保護膜を体内と皮膚に形成させて、細胞の動きを停止させる。これにより、仮死状態になった人間は目覚めるまで、不老である 以上』
資料を読み終わると、少年は資料を細かく破いて、風に遊ばせるように捨てる。
気分はとても悪く、吐きそうだった。
どうやら、まだ体が本調子ではないらしい。
(まずは世界情勢を知る必要があるな。もう大戦は終わっているから、無差別に軍を襲撃するのは、負担があり過ぎるからな)
濃霧をただ眺めながら、少年は内心で思う。
第2次世界大戦時の時は戦争の早々に終わらせるために、世界中を飛び回っていたが、現代はコレで飛び回るだけで大問題になる。
平和になった事は良いことだが、先日壊滅させた北朝鮮の末端のような基地はまだ存在している。戦争はいつでも起きる可能性がある。
そう考えれば、ある程度の情報が必要になってくる。
攻撃していい国を識別するために、世界情勢の情報が必要。
危険性のある場所をピンポイントに攻撃するために、軍事情報が必要。
あと、白兵戦用の銃も必要だ。北朝鮮の時は狙撃用ライフルを調達出来たが、他の場所はそうもいかないかもしれない。
ここで、少年のまず第一の目的地が決まった。
(銃と言えば、アメリカかな)
内心でそう思うとすぐにキャノピーを開いて、コックピットに乗り込んだ。ジュネレーターとエンジンを起動させるとキャノピーを閉じて、飛び立った。
乱気流を微塵も感じさせない安定した飛行は高速。
そして、擬似装甲を作動させて、肉眼からもレーダーからも、機体の存在を消失させた。
12月24日 22時32分(グリニッジ標準時)
<<フィリピン上空 高度9000メートル『ブラックゴースト』>>
漆黒の夜空と分厚い雲に挟まれて飛行している透明化された装甲を纏った黒い戦闘機<ブラックゴースト>の左右のウィングの先は小さな赤と青の光が点灯している。
デジタル化された機体の速度計測器には『時速740キロ:自動操縦モードアクティブ7・4』とこの機体専門の単語が表示されている。
黒い革でクッションをコーティングしている座席に腰掛けながら、サングラスを掛けた少年は赤く薄いガラスのようなモノを眺めている。
サングラス越しから見た赤く薄いガラスにはやや立体映像のように文字が表示されているように見えて、少年はその表示された文字を読む。
戦争前に書かれた誰かの小説をデジタル化した<オークパス>と呼ばれる携帯情報保存機械だ。
これは、ブラックゴーストのコックピット内の武器収納ケースに入っていたモノであり、他に何もないこの場所では、暇つぶし程度にはなるので読書している。
現在の目的地設定している場所は<旧米軍空軍基地>に座標を固定されている。
手持ちの銃器は大戦時前の一昔前のモノしかストックがなく、精度も威力は現代の銃器に劣るため、白兵戦は不利だ。
だが、それと同様にブラックゴーストに搭載されている対空ミサイル・対艦ミサイル・巡航ミサイル・対潜ミサイルの弾頭数が各1発ずつしか残されてないため、補充する必要性があった。
左右ウィングに取り付けられている無線式思念誘導兵器<サテライト>はエンジンにすこし負荷がかかり、チャージの必要性もあるために、ハイスピードの空中戦には向いてなく、空中戦用のレーザーを圧縮して連射する機銃はまだ修復が完了してない。
そのため、このブラックゴーストで実戦で使用出来る兵装はミサイル各種と<サテライト>のみだ。
襲撃方法の選択肢を増やすためにも、ブラックゴーストの弾頭数を補充するのは最優先事項だ。
アラームが3回程鳴った。どうやら、目的地上空に到着したらしい。
操縦を自動から手動に変更され、降下速度を800キロに固定する。
黒い戦闘機は分厚い雲の中を自由落下しながら降下していく。
雲を突き抜けて、地面まで90メートルまで降下すると、下部ジュネレーターを下方に向けて噴射・着陸する。
キャノピーを開いて辺りを見渡した。草木が生い茂り、基地は放棄されて数十年以上経っているようだった。
少年はコックピット内からガソリンとスプレー型のガスバーナーを両手に持って、武器格納庫らしき倉庫を塞いでいる草木にガソリンを掛けて、着火して焼き払う。
赤い炎が焼き尽くす様を眺めた後、倉庫内に足を踏み入れた。
黒いコートのポケットの中から発炎筒を取り出して、真っ暗な倉庫内を照らした。
対空ミサイル一式が錆びた機械に固定されていた。少年はその側にある電源の落ちている操作装置を、馴れた手つきで操作してみせる。
起動しなかったため、数回ほど装置を蹴った。だが、起動しなかった。
どうやら、もうここの装置は死んでいるらしく、弾頭の補充は出来そうにない。
少年は機嫌悪そうに舌打ちした。
(収穫はなし、か……来ただけ無駄だったな)
内心で結果を蔑むように言って、
(やっぱり、古い兵装より新しい兵装を補充した方が良いな)
眉根を顰めながら、兵装について思案する。
(ソビエト連邦の空軍基地を襲撃・一時占領して、補充をするか。あの国なら、銃器も入手出来る)
次の目的地と、襲撃予定を決定すると、ブラックゴーストに乗り込んで、その場から離脱した。
12月25日 23時17分(グリニッジ標準時)
<<北朝鮮 軍事科学基地『地下39メートル』>>
特殊強化ガラスのカプセルが幾つも並んでいる地下施設内部。
薄暗い地下を妖しく彩る緑色に輝いている液体が凝縮されているカプセルの中には、裸体の人間が漂うように入っている。
キューブ状の管を体中に纏わりつかせている人間の入ったカプセルの前で、白衣を身に纏った科学者が数名で話している。
「中々上手くいかないモノだな」
「強化薬物を連続投与は、やはり人間には耐えられませんよ。精神が崩壊して、ゴミになります」
「死体は犬の餌にすればいい。今度は東洋人に投与する。この実験は成功させれば、我が北朝鮮は最強の軍隊になる」
「ですが、もし成功してしまえば、あの東洋人は大人しく服従しますかね?」
科学者は違う意見をそれぞれ言うと、すこしばかり沈黙して、
「所詮は女だ。実験前に精神が壊れるぐらいまで犯せば大丈夫だろう。洗脳はそれからすればいい」
傲慢で陰鬱な声で科学者の誰かが言うと、科学者達は嘲るように笑った。
その近くのカプセルの中の液体に浸かっている人間は16歳程度の東洋人の少女だった。
細い華奢な腕や体に巻きついたキューブの隙間からは、気泡のようなモノが出ている。
元々黒かった長い髪は灰色に変色しており、実験、拷問、軟禁過程で、すこしずつ白髪になりつつある。胸を見れば、真ん中から縦に切られた傷口の跡がある。
少女はすこし、瞳を開いて思った。
(もう、殺してほしい……)
悲しさを通り越した感情からの言葉だった。意志だった。
碧い綺麗な碧眼の瞳には、もう生気は消えている。
少女の現在の立場はモルモット以下。人間には生まれた時から基本的人権が与えられているが、それは日本での話であり、北朝鮮、ましてやこんな独裁国家では適用されない。
思考が混濁を始めて、もう視界が閉ざされていく。
口からすこし大きめの気泡が溢れて、少女は意識を失う。