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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Rapunzel

Rapunzel 番外編

作者: 智郷樹華

Rapunzel の番外編として、Ⅲに登場したタクマ視点での物語になります。

種明かし的な内容ですので、前作がまだの方はご注意ください。


《act.拓舞》


私は、知りたくもない事を知らされ続けている。


「…はぁ…」

何度目かの溜め息を吐きながら、私はスプーンを舐める。

ジャム瓶に差していたそれは、とても甘い。

こんな写真なんて、どうでもいいと思えるくらいに。

「でも、許してなんてくれないんだろうなぁ……」

このまま放り出して、いつか箪笥の裏から見つかる程度の代物になってくれないかと、本気で思う。

だけどそれをできない自分も解っている。



三年前――私の兄が、不倫した。


しかも相手はとても不思議な人種。

どこをどうしたら、本妻宅に殴り込めるのか。私には到底理解し得ない思考の持ち主だった。

誇張や比喩ではなく、実際にその人は義姉を張り倒し離婚届を書かせようとしたらしい。

その勇気には感服するが、自分の分を弁えろと言いたい。

お蔭でこっちがとばちりを受けた。

義姉の実家は醜聞を嫌い、早々に慰謝料の請求と離婚届を突き付けてきた。

慌てふためくうちの両親と兄は、とにかく妻と話し合わせて欲しいと懇願した。

この際、「気安く名を呼ぶな!」と恫喝されて、本邸の玄関先に転がったのはまた別の話。

そして、心身療養のために実家でもある棗総合病院に入院した妻を、兄は終ぞ見舞うことさえ許されなかった。

事業提携の相手でもある野篠院家との繋がりを、うち――鏑城かぶらき家は失うわけにはいかない。

せめて一度だけ、一目でいいから妻と会わせて欲しい、と訴え続けた兄の熱意が功を奏したのか、野篠院家から面会を許されることとなったのは、騒動からひと月が経とうとしていた日曜日のことだった。

意気揚々と、妻(戸籍上だけの関係だ)のために仕度をする兄に、私は少し同情した。

どこをどうしたら、平然と顔を合わせられるのだろう。

私が義姉の立場なら、許す気が失せる。むしろ張り倒してやりたい。

大概、兄もあの女同様、ポイントがずれている気がした。

そんな私の考えを他所に、事態は義姉の一言によって一転した。


「Sie ist meine Libe.」


騒動以来、精神的に参っていた義姉が、病院から帰って来た時の第一声だった。


ひたすら許しを請うつもりだった兄を始め、義姉の実家サイドもこれには開いた口が塞がらなかった。

驚愕に戸惑うこちらを他所に、義姉はその愛人(恋人か?)とやらの手を引いて自室に向かって行った。

まるで等身大の日本人形を連れて歩く義姉。

その姿に私は笑い出しそうだった。(無論、必死に堪えた。空気が読める大人だからね。)

あの大人しそうで、厭世的な雰囲気を纏った義姉が、嬉々として動いている。

どうやってあそこまで活き活きさせたのか、不思議でたまらなかった。

その時、私と同じように感じていたのが、義姉の実妹である野篠院のじょういん ほまれだ。

実際は、その日本人形の存在にも驚いていたらしい。

ちなみに今では、「譽ちゃん」と呼んで親しく付き合わせてもらっている。

これが、鏑城家にとっては大誤算の僥倖らしい。



そんな一騒動があって数日後。

私は再び義姉と会うことになった。

正確には、義姉が手掛ける宝飾デザインの試作会に呼ばれたのである。

そこで初めて、私は例の日本人形を紹介される。

名前は志渡しどう りょう

小奇麗な顔立ちに、印象的な瞳を持つ少女だった。

儚げで華奢な彼女は、近くで見ると本当に人形のように愛らしさを誘う容貌を持っていたが、実に不思議な人物だった。

外見に似合わず蠱惑的な雰囲気を醸し出す姿態も、妙に耳に残る話し方も、引き際を心得た対応も。

アンバランスの一言で片付けるには、彼女の存在はあまりにも強烈だった。

だから私には、アノ誓約文を提案したのは彼女だと思った。

 一,浮気、愛人を疑われる行為の禁止。

 二,誓約に反した際は、家財、財産に至る全ての権利を妻に与えるものとする。

 三,妻の要望には必ず応えること。

この三か条を呑むことを条件として、義姉――野篠院 さかえは鏑城 榮となることを了承した。

ちなみに、最初に行使された「妻の要望」というのが、伶の同居を許すことだった。

風の噂によれば、伶の生い立ちは壮絶なもので、私は心底関わりたくないと思った。

それでも人の口に戸は立てられない。しかも私の耳にも栓は付けられなかったらしい。

そのうえ当人が隠そうとせず、後の食事会でその話をしてくれた。

伶の幼少時代は、義母による激しい折檻――虐待で彩られている。

夜の食事は特製で、洗剤入りのスープ、砂利石入りのパン、泥付き野菜の生サラダ、鼠のグリル、腐臭漂う魚のムニエル、灰塗れの肉料理等々。

その後は木に吊るされたり、土蔵に押し込められたり、柱に括りつけられたまま放置されたり。

夜が明けるまで続くその行為は、全て朝日が昇ると一変したそうだ。

昼間はやさしく、夜は鬼の形相を見せる義母に、伶はただただ従うしかなかったのだろう。

お蔭で彼女は今も、目の前で調理された食事しか口にしないそうだ。

そんな伶でも、彼女が側にいるときの榮さんは、とても穏やかな表情をしていた。

存在による代償があまりにも大きく、尊いものだった。

だから私もこの関係に目を瞑ろうと決心したのだ。



ただ、私はまた面倒なことを知らされた。

伶を心酔する少女、たちばな かつらの存在だ。

その情報を持ってきたのは、かつての同級生、松城まつしろ 晶規しきだった。

彼女――橘 藤は、その道で知らぬ人はいないと言われる名家、橘家の隠匿された娘らしい。

晶規いわく、

「愛人の子だって聞いていたから、てっきり婿養子の旦那が父親かと思った。でも彼女はハーフだ。しかも育ての親は橘家の古株だった家人。こっそり調べてみれば、案の定血縁があるのは当主の方だったよ」

つまり、匂い立つような美女である現当主の、不義の子どもということになる。

その理由というのが、慮外者に襲われた際の子どもだから。要は【汚点】なのだそうだ。

さらに追い討ちを掛けるように、彼女はその母親によって消されかけたらしい。

晶規は、彼女を連れて海外で暮らすようにと指示を受けたと打ち明けた。

なんのこっちゃ、と思ったが、その手のことに執着する女性は何をするか分からないのが常というもの。

おそらく本気だったのだろう。

晶規も、最初は冗談だと軽く見ていたのだが、実際に移住候補地の関係者から連絡が来て焦ったらしい。

「ホント、何の悪戯かと思ったし、結構びびったよ。断り続けたら、命まで消されるかな、て」

「……だから私に話したの?」

「そ。その時は助けてもらおうかと思って。どこにしまったか忘れてたアルバム、引っ張り出しちゃった」

「……そういうトコ、昔から変わらないよね」

「あら、危険予測は大切よ。成長したでしょ」

言いながら不敵に笑うその姿は、どこか伶に似ていた。

晶規は彼女をとても可愛がっていたけれど、いつも違和感があって、それを探る内に出生や人間関係、そして伶の存在に行き着いたらしかった。

私は本当に心の底からどうでも良いと思っていたのだが、聞けば聞くほど伶の存在が大きく、さすがに他人事にできなくなった。

仮にも義姉の愛人だ。私にとって【愛人】は鬼門だ。できるだけ、予防策を考えておかなくてはならない。

でもやっぱり、事態は一筋縄では行かなかった。

彼女は、この奇妙な関係に嵌まっていたのだ。それは見事に、どっぷりと。

まるで奔流に漂う一輪の花。

伶の考え方、生き方に傾倒して、【愛人契約】なるものに手を染めていた。


しかも、その内の一人との関係が譽ちゃんに禍根を残している。


彼女の歌声に惹かれていた譽ちゃん。でもその姿は、双子の兄、耀あかるさんと混合されていた。

当時、耀さんは棗総合病院に勤め始めたばかりの心療内科医。

儚げな美少女、藤の存在は患者以上の位置になりかかっていたが、うちの兄とは違って彼はその点はしっかりしていた。

私が思うに、彼の性格もあったのだろうけれど、その性癖が一番手綱を引いていたと思う。

彼は女性を愛せないのだそうだ。

つまり、耀さんは彼女のことを、良くて妹、所詮は患者止まりにしか認識していなかったのだ。

はっきり言って、罪作りな男だと思う。

結局彼女は傷つく形で耀さんと別れ、しばらく外に出なくなったと聞いている。

人間不信というより、爪痕がなかなか癒えなかったのだ。

それを聞いて塞ぎこんだのは譽ちゃんだった。

以来、腰が引けて、更には彼女に会う資格が無いとか言い出す始末。

でもそれで良かったと思う。

実際に彼女と話したことは無いが、伶に心を奪われるくらいだ。その素質がある。

案の定、次に会ったときには、彼女の心は壊れてしまっていた。

譽ちゃんの姉、私にとっては義姉さんの仕事で主催されたパーティー会場で見た彼女は、病んだ少女そのものだった。

薄幸の儚げな美少女。絵になるような姿だ。

伶の隣で小首を傾げたその姿は、なかなか壮観だった。

和装を身に着けていたものの、伶が純日本人形なら和製ビスクドール。

見事なバランスのふたりに、会場の人間が目を奪われるのに時間は掛からなかった。


それを眼にした譽ちゃんの心が揺さぶられていたけれど、私はその手を取った。

橋を渡らせないために。

向こう岸は蛇の蠢く場所。

行かせる訳にはいかない。

だって既に、譽ちゃんは私側の人間であると思っていたから。



「―――珍しいな、写真なんて」

何度目かの溜め息の後に、突然声が重なった。

「び、びっくりしたぁ。譽ちゃん、おどかさないでよ」

「別にそんな気はなかったんだけど」

あまりに気を抜いていたせいか、私の驚きは尋常じゃなかった。

勢いでテーブルの上から飛んだ写真が一枚。

それに慌てて手を伸ばしたが、先に譽ちゃんが拾う。

「はい」

写真を見ることなく、譽ちゃんは私に差し出した。

興味が無いのか、気を遣ったのか。

いずれにしろ、私はほっとする。

「……あ」

顔を上げた譽ちゃんが声を発した。

少し嫌そうな顔をしている。

珍しいと思いながら視線を辿ると、男三人が映る写真がそこにあった。

「アホ面でしょ。兄の高校時代のものらしいんだけどね」

「お義兄さんの写真……?」

「そ。偶然見つけて、持ってきちゃった」

「持ってきちゃったって……。相変わらずだな」

「だって、見せる訳に行かないじゃない。本当は譽ちゃんにも見せたくなかったのよ」

「なんで? 確かに驚いたけど。享ちゃんの旦那がお義兄さんと知り合いってのは」

「え、今何て?」

「だから、この人。後輩の親友の旦那」

「えぇ!? 間違いなく?!」

「う、うん。結婚式の主役だし、何枚も写真を見たから見間違わない。ほら」

言いながら、譽ちゃんが携帯のデータを見せた。

可愛い花嫁の隣、白いタキシード姿の男(結構端に寄せられているが)は、少し大人びているが、確かに写真の男だ。

賀鳥かとり 秀陽ひであき。真名月家を立て直した正にホワイト・ナイト」

「え、カトリ? タチバナじゃなくて?」

私の問いに、譽ちゃんは黙って頷いた。

不思議そうな顔をしたけれど、私は誤魔化すようにお茶を提案してその場を離れた。


そういうことか……。


橘 秀陽。写真裏に書かれた名前はそれだった。

私が聞いている限り、橘 藤の父違いの兄にあたる人物。

言うまでも無く、彼のために母は実の娘を捨てたのだ。


「みごとにぐっちゃぐちゃ……ハハっ」

乾いた笑いしか出てこない。


まずはコレ。うちの兄・鏑城 冽馬れつま。情報は割愛。

んで、左が橘 秀陽。橘家の元嫡男。この男のために、藤と晶規が犠牲になった。

知ってか知らずか、彼は既に離婚していた父親の元へ移り、賀鳥姓を名乗っているようだ。

現在は弁護士である父親と共に、真名月まなづき家の支援を行なっているらしい。娘婿でもあるから、当然か。

そして右。これが一番面倒だと私は思っている。

確か名前は五月七日つゆり しずか

珍しい名前だから、私の記憶にも残っていた。

幻想油絵作家、五月七日 きよの息子で、五年前に一人の少女を誘拐、監禁した男だ。

大きな事件として取沙汰されなかったのは、ひとえに当事者の権力がすごかったからだと私は知っている。

加えて、当時未成年だった被害者の今後への配慮と、犯人の男は既に罰を受けていたからでもあった。


「ホント、あんたの生涯は狭い世界なかにいろんなものを詰め込まれたのね」


思わずそんな言葉が口を吐いた。

少しだけ、彼女のことが憐れに思ったけれど、脳裏でその人物が言った。


「ココから出たら、私は生きていけないの」


達観した声が、微笑んだ気がした。

だから私も息を吐くように鼻で笑って、ポットを手に取った。

「譽ちゃん、お砂糖とミルクは?」

「お茶請けにクッキーがあるから、今日はいらない」

「え、手作り?」

「姉さんと伶のな。感想、聞かせてって言ってた」

「……大丈夫なの?」

私が半眼になって返すと、目の前に香ばしい匂いを放つクッキーが一枚。

トレイで両手の塞がった私は、そのまま口にした。

「毒を喰らわば皿まで、だよ」

「……それもそうね」

意外にも口の中のクッキーは甘くて美味しかった。



紅茶を口にしながら、譽ちゃんと他愛の無い話をする。

私の作品や、譽ちゃんの研究室の話とか、感想を伝えにいつ行くかとか。

ポケットにしまった写真にそっと触れながら、私はこの時間を堪能した。



――ごめんね。この写真は、まだ見せられない――


Rapunzel Ⅴ で終幕と書いておきながら、失礼致します。

ただ、この番外編は本当に補足的で、『Rapunzel』としてはⅤで区切りが付いています。


彼女たちの物語から、その想いが伝わったのなら幸いです。

ありがとうございました。

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