すがすがしくない休日(1)
今、私は車に揺られている。
折角の休日、自然豊かな景色のいい山間、乗り心地のいいゆったりとしたリムジン後部座席。
雰囲気ではないがブドウジュースをくゆらせている。
天気も良く、ドライブを楽しむにはなかなかの日、と言いたいところだが、気分は憂鬱以外の何物でもない。
あともう少し、15分ほどぐらいだろうか。目的地に着いてしまうのが憂鬱だった。
・・・迎えを寄こす、と言われたその日の朝10時半。
インターフォンが鳴らされ、嫌々開ければ黒服のおじさまがお迎えにあがりました、ときた。
準備していた手荷物を持って出ればそこには高級リムジン。お抱えか。お抱えなのか。
口元がひくつくのは私は悪くないはず、だ。
付き合いのあるご近所に見られていないことを切に願う。
逃げ込むように車に駆け乗り、快適な運転で出発してかれこれ1時間半ほど、で今に至る。
内30分程はリムジンの設備すげー、で遊んでいただけともいうが。
「樹様、御待たせいたしました。後3分ほどで到着いたしますのでご準備のほどを」
「あ、はい」
っと、いかん、ぼーっとしてしまった。
ジュースを飲みほし、急いでジャケットを羽織る。
顔をあげ、窓の外を見れば、やたらと広い私邸の門をくぐり抜けた処だった。
そのまま車は道を走り、屋敷の入口前で止まる。
運転手さんが後部座席のドアを開ければ、目の前にはお辞儀をするスーツ姿の女性。
「遠路お疲れ様でございます。お待ちしておりました」
「おや、久しぶりだね、雛。何、君が気にすることではないよ」
メールの送り主、雛はすまなさそうに顔を歪めながらこちらに向かって声をかけてきた。
以前会った時は初々しい雰囲気だったが、今ではすっかりスーツの似合う凛々しい女性になったようだった。
「突然の旦那様の不躾なお願い、誠に申し訳ありません。中へどうぞ・・・奥でお待ちになられております」
「うん、案内よろしく」
重厚感あふれる洋館の玄関をくぐれば、迷路になりそうな屋敷の間取りが広がる。
先を行く雛の後を見失わないようついていけば、コンコン、と足音が響く。
山の中の清浄な空気がそうさせるのか、邸内だというのにどうにも羽織ってきたジャケットだけでは少々肌寒かった。
「それにしても何かあったのかい?突然の呼び出しはある意味何時もの事ではあるけど、今回はちょっと急すぎる感じがするね」
「申し訳ありませんが、私も今回は何も知らされておりません・・・ただ、ご連絡いたしましたあの日に週末にお呼びするように、と。そう仰せつかりまして」
決定なのか、こっちの予定は無視かい。
などと多少強がってはみたが滅多に予定など入ることもなく、悲しい限りではある。
もっとも、予定なぞ筒抜けの上での事なのかもしれないが。
「ただ、そうですね。此処の所、旦那さまは何方かとご連絡を取っていたようでございました」
もしかすると、その件と些少関わりがあるのかもしれません。
廊下の扉の一つの前で止まる雛。
そこが目的の部屋なのだろう。コン、と揺らされるドアノッカー。
「旦那様、樹さまがいらっしゃいました」
「ああ、もうそんな時間かい。どうぞ」
ぎぃ、と重苦しい扉が鳴る。
開いた部屋の窓際には、にこにこと人好きのするであろう笑顔でほほ笑む初老の男が一人。
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ?」
「ふん、また少し老けたんじゃないかい。白髪が増えてるよ」
この男が今回私を呼びつけた張本人、旦那様こと伊勢柳 十郎太である。