一夜明けて
結局、あのカフスは捨てられなかった。
胡散臭いものを身につけるのも家に置いておくのも確かにいやなのだが、売ったり捨てたりした先で、万が一無関係な人が入手して何かあったら、というのがよぎってしまったせいだった。
いくら悪いものではなさそう、といっても絶対に何もない、と言い切れないのが悲しい処である。
鑑定眼はないわけではないが一般的な貴金属に対する眼であって、そんな特殊な方で眼が肥えてるのなんて知り合いはそういない。
寝室に置くとなにやらうなされそうなので、リビングの戸棚の一つにしまうことにした。
目には入れたくないが、確認するならまだしやすいという位置。
このまま忘れられればいいんだけど。
そうであればいい、と切に願う。
―そうこうしている間にまた夜は明けて、いつも通りの朝がやってくる。
「・・・はい、判りました、そうしましたらそれも合わせて・・・はい、カルテも一緒に持っていきますね。はい、・・・・はい」
連休を取っていたわけでもないので、今日は至って真面目に出勤日である。
というより昨日は休日出勤の代休なので平日にねじ込めた、というのが正しい。
病院というのは割といつでも混んでいるものだが、それでも週半ばは休日前後と比べてマシである。
・・・はずなのだが、今日はどうも当てが外れたらしく、実に盛況。
受付での患者さんへの対応も、電話対応もそれなりに忙しい。
どうも季節性のタチの悪い風邪が急に流行しているらしく、来る患者の6割がマスク着用だった。
横で同僚が「いや、昨日はどうしたのってくらい暇だったんだけどね・・・」等と言っていたのが恨めしい。一日ずらせばよかったのか、そうなのか。
ねじ込んだ時点ではそんな物予想できるはずもないのが運ゲー的で更に悲しみを誘う。
「打ち込みお願いしますね、ここ置いておきます」
見れば混雑ぶりを何とかしようしたのであろう、主に内科の先生たちの努力の跡がどさっと。
・・・わーい。
「うーあー。もう2時ですよー・・・交代まだなんですかねえ」
「も、もうあと10分くらい待ってもらえる・・・?そろそろ昼休憩終わった連中か、遅番が来るはず・・・」
事務方とはいえ、受付付近にいると電話対応や患者さんとの応答があるので何かつまむこともできず、延々作業するわけで。
そんな中運悪く、休憩交代できそうなタイミングでカルテ出しやら電話対応していたせいで後回しにされ今に至る。
稀にそういうことがないわけではないが、当たるとやはりへこむ。
せめて飴でもいいから口にいれたい・・・うおっと、電話。
「はい、もしもし「あ、樹さん変わります」・・・?!」
ひどいタイミングだった。
ジェスチャーでこの電話終わったら代わって、とサインを出す。
さて、さくっと電話を終わらせたい。
「ちょっと、すみません、午前中にそちら伺ったんですけどどういうことなんですか」
ぅげ。
当たってしまった・・・・・と心の中でグロッキーになる。
電話の向こうの方はすごい勢いでお怒りである。
何があったんだ、よくわからないがとにかくお怒りである。
メモで『ごめん、なにかクレームあたった』と書いて交代の子に差し出す。
うはあ、な顔をされた。泣きたいのはこちらもだ。
「はい、申し訳ありません。はい・・・」
とりあえず電話向こうに向かって謝り続ける。
・・・・厄日なのだろうか。
結局休憩に行けたのは電話が切れた20分後で、引き継ぎしてたら3時前になった。
上司に「・・・このまま30分働いて休憩してそのままあがる?」等と聞かれたがもう腹が限界です。勘弁してください。
・・・・・・・・確実に厄日だ。