彼氏がメロいおはなし
「め、めろ?」
瑠々は混乱していた。授業中に女子のだけに回っていた紙が、最後に瑠々の元へ回ってきたせいだ。その紙には「メロい男子ランキング!」と書かれており、一位の文字の隣に神崎刹那―つまり、自分の彼氏の名前があったのである。
「めろ……?」
何度呟いても分からないものは、分からない。何となく詳しそうな後ろの席の茂上さんに放課後を待って聞いてみると、心なしか鼻息荒めの力説が始まった。
「この男子を見てると、心がメロメロになるって意味よ!望月さん!」
「あ、それでメロ……」
「そう!そして、今年から始まったメロい男子ランキングのその初代チャンピオンが!なんと!神崎くんだったのよ!」
夏休み明けの頃から、刹那が女子の間で「王子」と呼ばれているのは知っていた。でも、まさかこれほど浸透していたとは驚きだった。確かに刹那はメロい。本人は姉がいるおかげだと言うが、ナチュラルに身についているレディーファースト精神や、優しい声色に甘い微笑み。どこを切り取って思い返してみても、確かに刹那はメロかった。
「見た目だけで選んだ女子も多かったと思うわ。メロいって最近の言葉で、ちょっと定義も曖昧なのよ」
「なるほど」
「だけど、さすが神崎王子よね。簡単に一位になっちゃうんだもの。恐ろしいわ」
瑠々にしてみれば、選んだ女子も恐ろしい。詳しい数字は衝撃で忘れてしまったが、確か刹那は三桁で、二位は二桁だった。
「でも、望月さんはぜーんぜん気にしないでね!」
「え、私?」
「そう!王子が一位になったのだって、ほとんどは望月さんのおかげなんだから!」
「どういう……?」
「だって、王子の日頃からの望月さんへの溺愛ったら凄まじいでしょ?だから、それを自分に置き換えて妄想しちゃうのよ、特に思春期真っ盛りの女の子はついつい、ね!」
蛇足ではあるが、ね!の勢いで止まれたが、茂上はもう少しで「私も含めて」とカミングアウトしかけていたところであった。危ない、危ない。
「待って、じゃあ……」
そう言ってから黙った瑠々は、青い顔をした。ぎょっとした茂上は、思わずフリーズした後で慌てて教室をぐるりと見渡して、刹那が教室にいないことを確認して安堵した。こんな瑠々の表情を見たら、間違いなく刹那に勘違いをされてしまう。そうなれば、自分は明日の朝日を拝めるかも分からない。そっと瑠々に視線を戻した茂上は更に焦る。
「……ど、どうしたの、望月さん」
次に瑠々は、赤面して俯いてしまったのだ。あああ、明日の朝日が!お願い王子!今は教室に戻ってこないで!
「……の?」
「え?」
「もしかして!」
意を決したように、瑠々が顔をあげて何かを言ってくれようとしたが、時すでに遅し。
「なんの話してるの?」
王子ごめん。調子に乗ったのは反省してるから、お願い許して。メデューサは目が合うだけで相手を石にするというが、王子の発する絶対零度は目を合わせずとも石にさせる。茂上は冷や汗を流して、もう動けなかった。
「あ、えっと」
「茂上さんは少し疲れたみたいだから、先に一緒に帰ろう」
「そうなの?ごめんね、茂上さん。ありがとう、また明日ね」
「ウ、ウン。マタアシタ」
会えたらいいなと、続けた茂上の声は瑠々には届かなかった。
学校を出て、瑠々の家に着くまでの帰路の途中で瑠々は、刹那の制服の袖をくいっと小さく引っ張った。
「どうしたの?」
ずっと赤面しながら、視線をあっちこっちに飛ばす瑠々を心配した刹那は立ち止まって瑠々の目をじっと見つめた。茂上のことは何の心配もしていないし寧ろ信頼しているが、もしかして茂上の意図せぬところで瑠々は何か思うことがあったのかもしれない。おどおどと、周りを気にする瑠々の頬をそっと右手で軽く撫でると、瑠々は上目遣いで刹那を見た。
「こ、こういうの、みんな、見てるって……」
「言われた?」
「あ!も、茂上さんは違うよ!」
「大丈夫、わかってるよ」
こういうところ、好きだなあ。と思った刹那は、つい瑠々の頭を優しく撫でた。指を髪に絡ませると、刹那は名残惜しそうに髪の先まで丁寧に指を動かす。そんな距離感に更に顔を赤くした瑠々を見て、刹那は続けた。
「瑠々は、いや?」
「そんなことないよ!」
首を小さく二度横にふって、瑠々は刹那を見つめ返す。
「ただね、あの……が、がっかりさせちゃったら、ごめんなさい。その……わ、私だけが知ってるセツくんが、よくて……」
「やきもち妬いてくれたの?」
気まずそうに左下を向いた瑠々の頬に、刹那はキスをした。驚く瑠々に、刹那は微笑む。
「瑠々は、ずっと可愛いね。僕も、自分だけが知ってる瑠々を見るのが好きだから、気持ちは分かるんだけど、やっぱり自慢せずにはいられないんだ」
「自慢?」
「うん……僕の彼女は、こーんなに可愛いって」
耳元で甘く囁かれた瑠々は、漫画のように噴火してから刹那の手を取って、色々なことを誤魔化すようにずんずんと歩き出した。堪え切れずふふっと刹那が笑うが、瑠々はもう恥ずかしさと嬉しさとで混乱して構っていられなかった。
「茂上さんには、感謝かな」
「え?」
「早く帰って、二人きりになりたいね」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「はいはい」
「違うからね!」
「うん、そうだね」
「もう!」
翌日の朝、学校へ着くなり茂上に「ありがとう!私に朝日を見せてくれて、ほんっとうにありがとう!」と涙をわんわん流しながら抱き着かれて、瑠々が頭の上に「?」を浮かべまくるのは、また別のお話。




