婚約破棄と関係がないレイチェル令嬢が、追放された理由
辺境地に追放された私は、今まさに辺境領主に身に着けていたものを剥ぎ取られようとしていた。
その辱めを止めなければならないはずの私の従者は、辺境領主の味方となり私の身体を押さえつけている。
男と言う奴は。
従者の裏切りにショックを受けながら、私は必死に抵抗する。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
私は王子に追放された。
王子が婚約破棄宣言をした後で、私への追放を告げた。
でも、それはおかしいのだ。
私は王子の婚約者ではない。
王子は自分の婚約者を婚約破棄したあとで、私に追放宣言をした。
わけがわからない。
どうして、私は追放されてしまったのだろうか?
婚約破棄騒動があったその日は、舞踏会の日。
この王国の令嬢である私は、よそいきのドレスを着て舞踏会に参加していた。
その時、私の目の前のテーブルにワインの瓶があった。
この王国ではまだ一つしかない貴重な瓶。
技術力がまだ劣る我が王国に、友好国の帝国が特別に貸し出してくれた貴重な品物。
もし、この瓶が割れようものなら、この王国の偉い人の首が物理的に飛ぶ。
それぐらい貴重な物だ。
ふと、私はその瓶の口に、自分の人差し指を入れてみた。
そして、
指が抜けなくなった。
「あーら、カリーナ様じゃないですか。あいかわらず貧乏そうなドレスですわね。家が貧しいと、服も心も貧しくなるから同情しますわ」
「ほほほほほ。クラリス様じゃないですか。センスがないと、品が無くドレスの値段自慢しかできないから大変ですわね」
「おい、ガキが、なめた口をきいているんじゃないわよ」
「ばばぁは、家で家庭菜園でもしてろ」
いつものように舞踏会でカリーナ様相手に口喧嘩をしているクラリス様のもとへ、私は足をすすめる。
私の家はクラリス伯爵令嬢の派閥に属している。
「あのう、クラリス様」
「レイチェルちゃん。ちょっと後にして。今のこの貧乏貴族娘の教育を・・・おおっ⁉」
クラリス様は演劇の中でしか見れないような見事な二度見をする。
「何やっているの、あなた?」
「瓶が抜けなくなって」
私の人差し指にワインの瓶がすっぽりはまり、取れなくなっていた。
「何でそうなるのよ?」
「指を入れたら抜けなくなって」
「何で指を入れるの!」
「ピッタリそうだなって」
「ピッタリだったら駄目じゃないの!」
クラリス様が、瓶を持って引っ張る。
「痛い!」
瓶は全く取れない。
「お、お手伝いしますわ」
カリーナ様がクラリス様と一緒に、瓶を引っ張る。
「いたたたたた!」
瓶は全く取れない。
力ずくで瓶を取るのを止めて、話し合うお二人。
「瓶を割るしかないでしょう」
「帝国から特例中の特例でお借りしたものですよ。そんなことをしたら担当者が処刑されますよ」
「なら、指を切るしかないわね」
「指を切って、その指が取れなくなったらどうするのよ。帝国に指つき瓶を返すの。それこそ、担当者ひとりの首じゃあすまないわよ」
舞踏会にいる人たちが、踊りを止めて私達の周りに集まってくる。
ひとりの令嬢が手を上げてアイデアを出してくれる。
「外国からどうにかして別の瓶を手に入れて、それを帝国に返却するのはどうでしょうか?」
「絶対にばれるわよ。ばれたら、宣戦布告だってありえるわよ」
別の令嬢が手を上げる。
「レイチェル様にダイエットしてもらって、痩せれば指が瓶から外れるのではないでしょうか」
「いいアイデアだけど、返却期限が二日後よ。間に合わないわ」
会場のドアが開き、王子が遅れて現れる。
王子は、婚約者のクラリス様に言った。
「僕は真実の愛をみつけてしまった。すまないが、君を婚約破棄する」
会場みんなの声が重なる。
『このタイミングで?』
「あ、あの、すみません、王子。その婚約破棄のお話はちょっと後にできませんか?」
「そんなことできるわけないだろ」
「そ、そうですわね。ええっと、誰ですか、王子の心を奪った泥棒猫は?」
「僕が愛しているのは、カリーナだ」
「カリーナ様ですか」
「反応が薄いな。もっと、あの女だけは許さないとか、キレ散らかすことを覚悟していたんだが」
「ええっと、そうですね。カリーナ様!あなたが王子を誑かしたんですね。許しませんわ!」
めちゃくちゃ頑張って声を張り上げるクラリス様。
「お、王子。すみません、王子。本当に申し訳ないんですが、婚約破棄の話はあとにしてくれませんか?」
カリーナ様の方が、対応できなくなっている。
「君には舞踏会で婚約破棄宣言をすることを伝えておいただろう」
「そ、そうなんでけど。今はタイミングが悪いと言うか」
クラリス様とカリーナ様がグダグタになりながらも、婚約破棄のやり取りを成立させようとする。
「お、王子と私は、ええっとその婚約していて、その簡単には婚約破棄はできないわけで、ええっと、その、そもそも私達の婚約は王国にとって、ええっと、王国にとって、あれ?王国にとってなんだ?」
「わ、私達は愛し合ってます。だから、その、瓶が、いえ、瓶は関係なくて、私と王子は愛し合ってます。だから、瓶が」
王子はカリーナ様の肩を抱いて、力強く言った。
「僕達は結婚する。みんなは不安に思っているのかもしれない。君達が今、不安な顔をしているのが、僕にもわかる。だが約束しよう。僕は君達をおおっ?」
みんなを見回していた王子が、やはり見事な二度見で、瓶が指から取れない私を見た。
「何やっているんだ、おまえ」
「おかまいなく。婚約破棄を続けてください」
私は王子に愛想笑いをする。
十秒ほど頭で考えて、王子は私を無視することに決める。
演説を再開する王子。
「僕はみなに誓おう。僕達は・・・」
「いたたたたた!」
クラリス様派閥の令嬢が、私の瓶を取ろうと引っ張ってくれる。
たまらず、私は悲鳴を上げ、王子が演説を中断する。
「王子、私にかまわず演説を」
「僕達は・・・」
「痛い!もっと優しくお願いします。あっ、王子、私におかまいなく」
「おかまいなくできるか!」
王子が私にキレ始める。
「おまえさ。おまえには舞踏会場の備品を触っちゃ駄目禁止令がでているだろう。なんで、そうなるの?」
「瓶はオッケイだと思って」
「オッケイじゃないよ!」
王子が私に詰めている間に、カリーナ様派閥の令嬢が割って入ってくる。
「すみません、王子。私、今回、この舞踏会の仕切りを担当しているレスリーです」
「なんだよ?今、話しかけていい状況じゃないことはわかるだろう」
「今回の舞踏会ですが、帝国の姫であるドナ様を招待していまして、もうすぐこの会場にご到着します」
「おおっ!」
王子は呻く。
「こんなところ帝国の姫様にみられたらアウトじゃないですか。隠しましょう」
と、クラリス様が、言った後で動きを止める。
「どうやって?」
自分につっこみを入れるクラリス様。
とりあえず、瓶の上からテーブルのシートを巻いてみるが、どこからみてもテーブルのシートを巻いた瓶に指を突っ込んでいるとしか見えない。瓶をまったく隠せていない。
それまで黙っていたブリジッド様が、手を上げて発言する。
「石鹸水です」
「何ですって?」
「石鹸をぬるま湯で溶かして、石鹸水を作って指の周りにぬれば、指が抜けやすくなります」
「なんで、そんなことあなたが知っているのよ?」
クラリス様の疑問に、普段は一般令嬢として目立たないブリジッド様が答える。
「おばあちゃんの知恵袋です」
「おばあちゃんって、この瓶がこの王国はじめての瓶なんだから、あなたのおばあちゃんに瓶の知識なんてあるはずないじゃない」
「私、転生者なんですよ」
「えっ?転生者ってあの転生者なの?世界の真実を知っているって言われている伝説の」
「はい。その転生者です。この世界は乙女ゲームの世界なんです」
「私に処理できない情報をぶっこんでこないでよ」
「私には転生前の知識があって、石鹸水はちゃんとした情報です」
「でも、この王国じゃあ石鹸もなかなか貴重よ。この会場にはないでしょう。よし、私の屋敷から急いでとってくるわ」
会場から出ていったクラリス様が、間を置かず会場に戻ってくる。
「やばい。やばいですわ。帝国の姫様がすぐそこにいますわ」
「おい、どうするんだよ?」
狼狽える王子の肩に、カリーナ様が手を置く。
「王子、帝国の姫様の足止めをお願いします」
「俺が?どうやって?」
「世間話とかなんでもいいですから」
「異国の姫様との世間話なんてあるわけないだろ」
「じゃあ、いつものクラリス様の悪口でいいですから」
「おい、私の悪口ってなによ?」
「い、いや、ほら、悪い意味での悪口じゃなくて、いい意味での悪口だから」
「いいから、行ってください」
クラリス様に言い訳する王子を、会場の外へとつき飛ばすカリーナ様。
すぐに王子が戻ってくる。
「会話が続かないって」
「それじゃあ、王子、帝国の姫様を口説いてください。それなら少しは時間が稼げるでしょう」
「相手、十歳だぞ」
「王子が小さい女の子が好きだと言う設定にすればいいでしょう」
「俺の評判が」
「いいから、行け」
再びカリーナ様に会場の外に追い出される王子。
五分もしないうちに帰ってくる王子。
「話しかけるなロリコン野郎って罵倒された。心、折れそうだよ」
「もっと高圧的に。俺様の機嫌を損ねたら外交問題になるぞって喚いてください。そのあとで、手相を見てやるって言って、その手を掴んで離さないように」
「人として、やっちゃあいけないこと!」
「いいから、行けって」
王子が会場の外へ追い出される。
「それじゃあ、私は、今のうちに石鹸をとってくるわ」
クラリス様が会場を出ようと、ドアを開ける。
ドアの外に、ものすごい形相をした女性が立っていた。
無言でドアを閉めるクラリス様。
会場全体に重い沈黙がふりかかる。
「今の帝国の王妃様ですよね」
クラリス様の確認に、みんなが首を縦に振る。
「招待してないよね。なんで、来てるの?」
「娘が心配でついて来たとか」
「それじゃあ、帝国の王妃様の目の前で、うちの王子が十歳の娘さんにセクハラぶちかましていってこと?」
みな怖くて動けない。
ドアが外から開き、ゆっくりと帝国の王妃様が入ってくる。
「代表者の方は?」
「わ、私です」
帝国の王妃様は、クラリス様に深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「は、はい?」
「身内の恥なので隠していたつもりでしたが、王国の方々には知られていたようですね」
「そ、それは?」
「そうなのです。私の娘はハニートラップにかかってしまったようで、この王国の舞踏会を利用して駆け落ちをする計画のようなのです。王国の方々は、その情報を掴み、友好国の帝国のために娘の駆け落ちを阻止しようとしてくれているのですね」
「え、ええっと」
「そちらの王子は私の娘を駆け落ちさせないように監視してくれているのですよね。まさか、ただセクハラしているなんてことはないですよね」
「もちろん、うちの王子は駆け落ち阻止のためにがんばってます」
と、クラリス様は胸を張る。
私はなるべく気配を消し、帝国の王妃様がいるこの舞踏会場から脱出する方法を考える。
出口のドアのそばに帝国の王妃様がいて近づけない。
どうしよう?
と、悩む私に、レスリー様が耳打ちをする。
「いまから、会場の明かりを消します。真っ暗になりますから、その間にドアから出てください」
それが聞こえたカリーナ様があわてる。
「ちょっと待ってよ。そんなことしたら、この子、絶対に転ぶわよ」
「そんなことあるわけないじゃないですか。じぁあ、私、消してきますね」
「ま、待って」
いつのまにかに、舞踏会の真ん中に男が立っていた。
まるで瞬間移動のように。
「みなさん、踊りは中止ですかな?」
よく通る声。
舞踏会に参加する一般男性の外見だが、何か違和感がある。
「あなたは、うちの娘をたぶらかした男」
その男を睨みつける帝国の王妃様。
男は舞踏会場をぐるりと見まわした後、何故か私の方にやってくる。
ちょっと待て。
男に近づかれると、私の存在が帝国の王妃様に認識される。
いま、私は手を後ろに回して、取れない瓶を隠している頼りない状態だった。
「踊ってくれませんか?」
と、男は私に言った。
「む、無理です」
「それはどうして?」
「と、と、ともかく、無理なんです」
「なるほど」
男は何かを納得したようだった。
「その後ろに回している手は、何かを隠しているのではないですか?」
「そ、そ、そ、そ、そ、そんなことありませんよ」
「では、お名前だけ教えてくれませんか?」
「レイチェルです」
「なるほどなるほど」
何を納得したんだ?
「やはり、そうか」
男は勝手に納得して結論を出したらしい。
「その後ろ手には剣を隠し持っているのだろう。最強の剣の使い手と言われているレイチェル王国騎士団長」
あっ。
それ、同名の別人。
「ふふふ。その間抜けそうな態度で誤魔化そうとしても、全身からの緊張感で戦闘態勢に入っていることはお見通しだ」
男は、どこからか剣を取り出し構える。
「すべてばれているようだな。そうだ、私は魔族。人間になりすまし帝国の娘をたぶらかして機密を手に入れようとしていたのだ」
勝手に自白していく男。
警備の兵たちが、男を取り囲む。
だが、警備の兵の武器である剣が、男の圧倒的な剣さばきで弾き飛ばされていく。
「ふふふ。我ら魔族の剣の技量がすごい理由を知っているか?目だよ。我ら魔族は人間の数十倍は優れた目を持っている。相手のわずかな筋肉の動きで、次の動作がわかるのだ。つまり、目が見える限り、我ら魔族には人間は勝てないのだよ」
その時、会場の明かりが消えた。
真っ暗で何も見えなくなる。
私は出口に向かって走る。
三歩目で転んだ。
ガッシャーン。
明確に瓶が割れる音が、会場内に響く。
明かりがついた。
瓶は粉々に砕け、その瓶に殴り付けられただろう魔族の男が、気絶して床に倒れていた。
「なんてこと」
帝国の王妃様が、その惨状を見て声を上げる。
私が言い訳する前に、帝国の王妃様は私の瓶が取れた手を握りこう言った。
「レイチェル騎士団長様。魔族を倒してくださったのですね。お噂通り、見事な剣の使い手ですね。素人の私には、剣を持ったところすら見えませんでした」
「瓶を割ってしまってすみません」
「まあ、魔族が破壊した瓶のことまで気になさってくださるのですね。この私が、瓶を壊したのは魔族でこの王国の責任はないことをきちんと証言しますわ」
「そ、それはありがとうございます」
「レイチェル騎士団長様。本当にありがとうございます」
帝国の王妃様は、今後の両国友好を保証してくれる。
事態が収まったことを、私は会場の外の王子に報告しに行く。
王子は、帝国の姫に嫌悪感いっぱいの拒否をされていた。
「王子やりましたよ。うまく、誤魔化せました」
それを聞いた王子は、疲れ果てた顔で言った。
「そうか。それじゃあ、おまえは追放な」
「と言うわけで、私は追放されてしまったのです。まったく理由がわかりませんよね」
私の説明に、目の前の辺境領主は何故か怒鳴り声を上げる。
「俺が説明しろっていったのは、おまえが追放された理由じゃねえよ!俺が聞きたいのは、何でおまえはうさぎの着ぐるみを着ているかってことだよ!」
「それは、この辺境地にくる途中で、サーカス団のテントがありまして、そのゴミ捨て場にこのうさぎの着ぐるみが捨ててあったんですよ。馬車の中でそれを見た私は、着てみたくなって」
「中央から厄介な令嬢を押しつけられるってうんざりしていた所に、うさぎの着ぐるみを着た奴がやってきた俺の気持ちを考えろよ!」
「チャックが壊れてて脱げないんですよ。あっ、だから、捨てられていたんですね」
「おい、そこのバカの従者。そのバカを押さえろ。そのふざけた着ぐるみを脱がしてやる!」
「やめてください。お嫁にいけなくなる」
「寝言ぬかしてるんじゃねえぞ!」
おわり




