ド。-ドパおじの運動について-
テーマは旅。
「秋の文芸展2026」への参加作品です。
令和であろうと関係がない。
かの者は、座席に腰をおろし、ハンドルを回して銀玉を飛ばす。銀玉のいくつかは壁面の穴に吸い込まれる。すると映像が流れ、機械の乱数などにより、玉が増えて返ってきたり返ってこなかったりする。朝から晩まで、ひたすらその繰り返し。
この単調な作業は苦ではない。むしろここちよいのだ。ドーパミンによってそう思わされている。
この遊技台、もちろん合法である。
かの者は、銀玉をレンタルして遊んでいるだけだ。そして玉の数に応じて、様々な商品と交換してもらっている。このとき、せっかく交換してもらった特殊景品を、すぐさま近所の古物商に売り払うものもいるが……。行動原理は謎である。おそらく錯乱しているのであろう。
「クソ、またスっちまった」
店を出るドパおじ。
すべては台のせいだ。いや店側の設定のせいだ。ドパおじは少しも悪くない。世界が悪い。どう論理的に考えてもそうなのだから、間違いなかろう。
手に、ハンドルの感覚がいつまでも残っている。にぎりすぎたようだ。固定すると法的にアウトなので、このドパおじは固定していない。彼は法を遵守して生活している。なにも悪くない。
余談だが、カジノのトップはマカオだ。日本円に換算すると、約3兆円の売上となる。
二位のベガスが約2兆5千万円。
それに比べて、この銀玉を飛ばす遊戯は約12兆円もの売上を誇っている。まさに桁違い。ベガスとマカオがタッグを組んでも無意味。もうザコすぎて相手にならぬ。ドパおじもその強さに貢献している。じつに誇らしい。
「きゃあ! ドーパ・ミンよ!」
道端で悲鳴があがった。
このところ街をさわがす怪人が、またしても現れたのである。
それはいいが、いま叫んだのは女装癖のある会社員。セーラー服を着用して街を散歩する43歳の男性だ。
「ドーパドパドパ!」
怪人はカニみたいなハサミを揺らし、街に高笑いを響かせる。
それは人ならざるもの。
ドーパミンを誘発し、ドパドパさせるもの。
それ以上の情報は、おそらく不要であろう。
逃げ遅れた先ほどの会社員――43歳の男性――が、怪人の放った毒ガスを吸い込み、その場に崩れ落ちた。怪人の強烈なガスは脳内のドーパミン分泌をうながし、一時的に天国へ旅立たせるのである。派手にスカートがはだけているのに、誰も喜んでいない。この世は地獄だ。
逃げ惑う人々。
だが、その場に踏みとどまる者たちもいた。
二名。
たったいま「アミューズメント施設」から出てきたばかりのドパおじ。
そしてもう一人は、スマホを覗き込んだまま周囲の状況に気づいていないドパガキ。
ドーパミンなら、常に分泌している。
いまさら怪人の攻撃に怯えるようなこともない。
「少年、顔をあげろ。怪人がいるぞ」
「うぜ」
ヤングマンはコスパを求める。返事も短ければ短いほどよい。
「ドパー!」
新たなターゲットを見定めた怪人が、二人に毒ガスを吹き付けた。
動画を見るのに忙しくて棒立ちのドパガキ。
そして運動不足のせいでただ逃げ遅れただけのドパおじ。
直撃を食らった二人は……。
*
ここは天国――。
しかし本当の天国ではない。
ドーパミンが作り出した、かりそめの天国だ。通称「ドーパミン空間」。
怪人は人間をドーパミン空間へ連れ込むと、この上ない接待をして依存させる。そうすることで、現実がいかにクソであるかを思い知らせるのである。架空の世界なので風営法も適用されない。やりたい放題だ!
先にドーパミン空間に入り込んだ女装おじは、なんらかの幻覚を体験している。
だが普段からドーパミンを浴びているドパおじとドパガキは、ほとんど幻覚が見えない。そう。せっかく無料で接待を受けられる世界なのに、彼らはここへ来ても楽しくもなんともないのである。
「てめェコラ!」
ドパおじのグーパンチが、怪人の顔面にめり込んだ。
架空の世界だから傷害罪にも器物損壊罪にもならないぞ。
「せっかくドパドパしたのに、チャンネーの姿が見えねーじゃねーか! ラァ!」
「ドパァ……」
崩れ落ちた怪人の腹に、ドパおじのつま先蹴りが炸裂する。
遊技台で銀玉が出なかったストレスを、ここぞとばかりにぶつけている。
ドパガキもスマホを覗いたまま、おじさんに便乗し、崩れ落ちた怪人を蹴り始めた。
自分がなにをしているかも分かっていない。
ノーリスクで気持ちよさそうな行為に参加できるなら、するだけなのである。思考に使うエネルギーすらもったいない。
「どうせお前が確率いじってんだろ! コラ! あ!? 金返せボケェ!」
「ドパァ!」
容赦のないナックルパートが怪人を襲う。
なぜか無関係と思われる事案まで怪人のせいにされているわけだが。しかし冷静に考えてみると、彼が本当に犯人でないと誰に証明できようか? 彼が遊技台の確率をいじっていないことは、彼自身にも説明できないのである。
「しゃおらぁ!」
リング中央で倒れた怪人に、ドパおじのフライング・エルボーが炸裂した。
怪人は立ち上がれない。
一時的に満足したドパおじは、コーナーに戻ってドパガキにタッチ。
ドパガキはスマホを覗いたままリング内へ入り、義務的に怪人を蹴り続けた。
「ドーパ・ミン! ドーパ・ミン!」
会場はドーパ・ミンを応援する声で満ちていた。
そもそも会場とは?
リングとは?
いいのだ。
すべてはドーパミンで説明できる。
ドパガキが飽きて戻ってくると、ふたたびドパおじの出番だ。
軽快なフットワークで、円を描くように怪人の周囲を移動する。まるで獲物を狙うチーターのように。まあ実際にチーターが獲物のまわりを回るかどうかは知らないが、もはや関係あるまい。いいんだよそんなことは。
「いくぞオラァ!」
ドパおじはロープで反動をつけて、ふたたびフライング・エルボーを叩き込んだ。
素人だから技のバリエーションがない。
このあとも同じ技しか出さない。
*
いつしか彼らは、ドーパミン空間から脱出し、現実世界の路上で倒れていた。
最初に立ち上がったのはドパガキだ。彼は状況を確認すると、スマホを覗きながら迷いなくその場を去った。他人のことなどどうでもいいのである。とにかく動画を観つづけねばならない。一秒とてムダにすることは許されないのだ。
次に立ち上がったのは、なんと怪人だった。
人間たちに現実のつらさを叩き込むはずが、ドーパミン空間でつらさを叩き込まれてしまった。もうこの仕事をやめようと考えている。地球でこんな思いをするくらいなら、母星に帰って家業を継ぐのもいい。家族と一緒にあたたかいパンを焼いて暮らすのだ。
ドパガキに続いて、怪人も去った。
女装おじも、しばらくキョロキョロしてから、気恥ずかしそうに去っていった。
ドパおじだけが目覚めない。
そう。
真っ白に燃え尽きていたのだ。
ドーパミンに次ぐドーパミンの分泌で、彼の身体はもう限界に達していた。怪人の毒ガスを浴びれば、ドーパミン世界で最高の接待を受けられると聞いていたのに、それすらなかった。もうセメントマッチをするしかなくなってしまったのだ。
そしてそのセメントマッチが、彼にトドメを刺した。
今日、一人のドパおじが旅立った。
ドーパミンに生き、ドーパミンに死んだ。
しかして、これは旅の終わりではない。
新たなる旅の始まりなのだ。
*
「は? なんだここ?」
かくして彼のたどり着いた先――。
親の顔より見たコンクリートジャングル。
名をば「地獄」という。
「ああ、新人さん? このあとすぐ入れる? どこの現場も人足りてなくてねぇ」
役所のカウンターみたいな場所で、半笑いの事務員がそう告げた。
「え、仕事? 俺、もう死んだのに?」
「死んでも仕事するに決まってるでしょ。みんなそうしてますよ? 3番に並んでくださいね。はい次のかたー」
否応なしだ。
周囲を見回すと、みんな死んだ目をしている。
この世界に救いはないのだろうか?
否、ある。
もしいまないとしても、作ればいいだけの話だ。
このドパおじ、ドーパミンを分泌させる方法は熟知している。
遊技台を作り、客に打たせて、特殊景品と交換させるのだ。
すると客は射幸心を煽られて、じゃぶじゃぶ課金するだろう。
彼の偉大なる旅――グレートジャーニーは、いまここから始まろうとしている。
ドーパミンは、地獄にこそ必要なのだから。
(完)
ふぅ。
ちゃんと旅の話でしたね。
かの松尾芭蕉も「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と言っていますから。その気になれば横になったままドパドパしつつ旅をすることも可能なのです。本作を通じて、中高年でもドーパミンでドパドパできるぞ、ということが伝われば幸いです。頑張れ日本!




