頭チンパンジー王子が婚約破棄をやらかして頭が痛い
「ミシュリア・ノーランド!君との婚約を破棄する!」
自由恋愛が尊ばれる世の中、貴族界隈にもその旋風が吹き荒れ、若い層の後先考えない浅はかな婚約破棄が流行っている事は知っていたが、まさか王子がそんなアホを言い出すとは。
「理由をお聞かせ願っても?」
まさか、他所に身分の低い恋人が出来たとかで、それを真実の愛だとか言い張る口だろうか。
貴族の婚約とは愛ではなく契約である。
家と家を繋ぐ為、貴族は愛ではなく義務として結婚をする。
それを理解せず、振って湧いた他所の女との浮気……いや、浮気までならまだしも、真実の愛なんて言葉で開き直るようなら、そんな人間は貴族失格だ。
「僕は……君を愛せない!」
「それは他所に女が出来たという事ですか?」
「いや、僕に恋人はいない、強いて言うなら婚約者である君が今の僕の恋人だろう。
だが、僕は君を愛せない!」
「性格の相違を受け入れられないという事ですか?
しかし我々の婚約は王命による契約です。
その程度の些事で契約を疎かにする事がいかに愚かか、王子ならお分かりでしょう?」
確かに私だって王子の事は苦手……というか、嫌いだ。
感情的で直情的、情に厚く熱血と言えば聞こえは言いが、それは後先考えずに行動する馬鹿という事。
この間、市井の偵察で、大人に暴行を受けている貧民の子供を王子が庇った時は背筋が冷えた。
王子は暴力的な男2人を相手に剣を抜いて、護衛の到着すら待たずに戦ったのだ。
一国の未来を担う王子が、何の利益にもならない貧民の子供如きの為に身体を張るなどあってはならない。
そうでなくても……普段から王子は汗臭いのだ。
毎日風呂に入っても消えない汗の臭いが普段から漂っているのである。
王子は普段から騎士団の訓練に参加しているのでそのせいだ。
どうやら王子には剣の才能があるらしく、最近ではとうとう騎士団長を倒したとか。
だが、それがどうした。
王族の仕事は政治だ、剣を振るうのは騎士の仕事だ。
王族が騎士より剣で強くなって何の意味がある。
そんなものを磨く前に勉強しろ。
いっそ救いようのない馬鹿ならとやかく言える理由になったのに、なまじ理解力は人よりあるせいで家庭教師の授業はそれなりに成績が良いのが腹が立つ。
大体、最近は成長期に入ったとかで身体も大きくなり、筋肉も付くようになり、半年も前の礼服がパツパツになるほどで、周りの洗礼された令息に比べなんと見苦しく野蛮な事か。
こんな汗苦しい筋肉男に将来抱かれると思うと吐き気がする。
……しかしそれは私の個人的感情であり、それを言葉にする事は我儘である。
私も貴族令嬢、嫌いな男と結婚し、身体を明け渡す苦悩など疾うの昔に覚悟している。
それなのにこの王子は……!
「だって……君はおっぱいがないじゃないか!」
「……は?」
おい、なんつった?この馬鹿王子?
「僕はおっぱいが好きだ!
そして小さい女の子が好きだ!
僕は身体が大きいから結婚するなら小さい女の子が良い!」
おい、ここパーティ会場って事忘れたか?
いくら自分の誕生日パーティだからって無礼講が許されてるわけじゃないぞ?
「僕は、合法ロリ巨乳美少女と結婚したい!
だから、君のような、美人系貧乳長身女子は僕の性癖とは正反対だ!」
「せ、性癖で、そんな、ものの為に、婚約を破棄すると……?」
貴族の婚約をそこまで軽んじる浅はかさに怒りが湧いてくる。
決して、貧乳と言われた事に怒っているわけではない。
貧乳はステータス、そう、ステータスなのだ。貧乳仲間のお母様もそう言っていた。むしろ巨乳なんて脳みその栄養分が胸に溜まった馬鹿だと言っていた。
現在の王妃様は元々はお母様の妹で、お母様よりアホのくせに愛嬌とおっぱいで国王に選ばれたらしい。
なんて可哀想なお母様、全ておっぱいが、巨乳がいるから……!
「僕も何度も葛藤した。
でも、無理なんだ……」
「何を無理と?」
「僕は、君の裸を想像しても股間が立たないんだ!!!」
「はぁ!?!?」
おい、ここ公の場だぞ?何言ってんだ?この馬鹿王子。
「君の裸を想像する度、君のおっぱいを想像する度、思ってしまうんだ!
これなら騎士団長のおっぱいの方がまだ色気があるって!!!」
私のおっぱいが筋肉ダルマに負けるってかぁぁぁぁぁ!?!?!?
「正直、君と婚約するぐらいなら騎士団長と婚約した方がまだヌけると思う」
「殺すぞてめぇ」
「え?」
「っと、なんでもございませんわ」
つい心に押し留めていた衝動が漏れてしまった。
公爵令嬢だから耐えられた、公爵令嬢でなければ衝動のままに目の前のクソ野郎を殴り殺していた。
「だから、君との婚約は無理だ。
無理に結婚なんてしても、初夜で妻の裸に微塵も興奮しない無様な男が一人完成するだけだろう」
「まぁ、立たないんじゃ仕方ないよなぁ」
私は壁のギャラリーと化した貴族どもを睨んだ。
誰だ?今クソったれた事を言い出した奴は?男の声だったなぁ?
「しかし、婚約破棄という行為が愚かであるという事は事実だ。
僕は、僕自身の我儘の為に、君に傷を付けてしまう事になる。
よって僕は、婚約破棄の罪を償う為、この場に王位継承権を返上する事を明言する!」
「はぁ!?」
「この罰は僕の罪を償う為……何より、婚約破棄された君に瑕疵がない事を証明する為である。
僕は君を愛せなかった。
しかし君は聡明で美しい女性だ。
きっとどこかには、君を愛せる男性がいるだろう」
開いた口が塞がらない。
しかし、私に瑕疵が発生しないというのなら、婚約破棄はむしろ私も望むところである。
いや、でも、婚約破棄して王位継承権を失ってでも私との結婚が嫌だということ?
そこまでして貧乳が嫌だと?
なんかそう思うと屈辱と敗北感で殺意が沸々と煮え滾ってくるのだが。
「……婚約破棄、承りましたわ……」
私はカーテシーをし、内なる殺意を制しながら理知的に応答した。
「ならばその婚約、僕が継がせて貰おう!」
高らかとした声と共にギャラリーから現れたのは、第二王子ヒンメル・ニューラヴ様だった。
私の婚約者……直前に元婚約者となった第一王子キョリオ・ニューラヴ様の実弟である。
「キヨ兄様、貴方は愚かな決断をした。
女性を胸の大きさで決めるなど、浅ましい事です」
「胸を求めるは男の本能、僕は王族としての理性より……本能に正直に生きたいと願っただけだ」
「それが愚かなのです。
王族でありながら浅ましい本能に負けるなど……」
ヒンメル様……もっと言ってやってください!この巨乳フェチのクソ王子に!
ヒンメル様は、国王が政略結婚で隣国の小国から娶った第二王妃との間の子だ。
第一王子キョリオ様より優秀で聡明で美男であるにも関わらず、第二王妃の子で、第二王子という理由で日の目を見ないでいた。
しかし、私個人の好みは圧倒的ヒンメル様である。
女性の鼻を気遣った優雅な香り、女性を威圧しない程々に引き締まった体格、舞台役者さながらの麗しい顔立ち。
何度、馬鹿王子ではなくヒンメル様が婚約者であれば良いと願った事か!
「ミシュリア様……僕はずっと前から貴方に恋焦がれてきました。
しかし貴方は兄様の婚約者……この想いは蓋をしなければと思い続けてきました。
しかし、もう我慢は必要ありません。
どうか、僕と婚約してください」
「はい、喜んで」
変わり身が早い?
嫌いな男と別れた直後に好きな男に告白されたら即答で了承するに決まっている。
愚かな第一王子は一生、どこに存在するとも知れない合法ロリ巨乳を探して永遠の独身となれば良いのだ。
その時はザマァwwwと心の中で笑ってやろう。
「展開早くない?
いや、別に良いけど。
まぁ、おめでとう、ヒン。
お前、昔から貧乳長身年上女子好きだもんな」
ヒンメル様がピキッと固まった。
「僕とは趣味が合わず、幼い頃から対立も多かったが、それでも大事な弟のめでたい婚約だ。
祝福するよ、ヒン。
僕もお前に負けないよう、理想の女性を探す事にする」
「……ヒンメル様?」
「……」
ヒンメル様は目を泳がせた。
それから
「おっぱいなどというのは女性の美を損なわせる駄肉でしかありません。
真の女性の美しさとは、直線的ながらも曲線的な身体のラインなのです。
兄様は貧乳を男のまな板同然に語りますが違います、男のまな板同然程度乳房でありながら明確に男とは違う女性的な滑らかさを表現している事が、貧乳の魅力であり尊ぶべき美なのです」
言い訳のつもりだろうか。
自ら、下手をすれば兄よりも変態的な発言をしている事に気付いていないのか。
婚約成立僅か3分、私は猛烈に婚約破棄がしたくて仕方なかった。
その後、私とヒンメル様の婚約は結婚までこぎ着けてしまい、3年後には2児の子に恵まれた。
王位継承権を返上したキョリオ様は、国王から男爵位を貰い、その後本人の宣言通り嫁探しの旅に出かけるつもりだったらしいが、その前に結婚してしまった。
……なんでも、騎士団長の娘さんが低身長巨乳の同年代女性だったらしく、勢いで求婚したら成立したらしい。
今では騎士団長一家の婿として、おっぱいと雄っぱいに囲まれながら幸せに暮らしてるとか。
「愛してるよ、ミシュリア。
今日も君は美しいね」
……一方のヒンメル様は、子どもを作ったにも関わらず今日も私への甘い愛を囁いてくれる。
優秀なヒンメル様は仕事も出来る方で、手が空けば私の手伝いをしてくれ、休日になれば私の為にプレゼントやデートに誘ってくれ、子供の育児にも積極的に手を貸してくれる理想の旦那様である。
その事はやがて国民からも『国一番の理想の夫婦』として羨ましがられる事になるのだが。
ヒンメル様の熱い目が時折胸に注がれる度、私は複雑な気持ちになった。
全員ハッピーエンド、素晴らしいですね。
少しガチ目に語ると、子供を残す義務がある政略結婚において、立たないのは致命的なので、まぁ……仕方ないっちゃ仕方ないかもしれません。
余談ですが、第二王子の母である小国の姫は貧乳です。




