第22章
夕暮れの校庭。空は、彩葉の色と同じように澄んだ青を広げていた。
ベンチに座る彩葉の周囲には、静かな風が流れていた。陽向は、隣に立っていた。
彼は、彩葉の横顔を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……彩葉。お前の色、見えたよ。空みたいに澄んでて、広がってて……すごくきれいだった」
彩葉は、少しだけ微笑んだ。その笑みは、どこか遠くを見ているようだった。
「……ありがとう」
陽向は、目を伏せたまま、言葉を続けた。
「……ずっと、心配してた。お前が、誰にも気づかれずに消えていくんじゃないかって。いや……お前自身が、そうしようとしてるように見えた」
彩葉は、息を呑んだ。陽向の声は静かだったけれど、確かに届いていた。
「いつか……誰にも気づかれずに消えていくと思ってたし、そうしようと思ってた。誰かの色に触れるのが怖かった。自分の色がないって思ってたから、触れたら壊れるって思ってた」
陽向は、彩葉の横顔を見つめた。
「でも、お前は壊れなかった。ちゃんと、自分の色を見つけた。それが、すごく嬉しいんだ。お前が、ここにいるって思えるから」
彩葉は、静かに目を閉じた。そして、そっと呟いた。
「……ありがとう、陽向。そう言ってくれて、うれしい」
その言葉のあと、陽向は静かに立ち去った。足音は、風に溶けるように遠ざかっていった。振り返らなかった。でも、その背中には、安心と少しの寂しさが滲んでいた。
彩葉が、自分の色を見つけたこと――それが、陽向の願いだった。
彩葉は、ひとりベンチに残ったまま、空を見上げていた。
そのとき――背後から、声が響いた。
「……彩葉」
彩葉は、ゆっくりと振り返った。そこに立っていたのは、煌希だった。
彼は、目を見開いていた。
言葉を探すように、でも確かに驚きの色を瞳に宿していた。
「彩葉……その色って……」
彼の声は、震えていた。
今まで、ぼんやりとしか見えなかった彩葉の色が、はっきりと、鮮やかに、目の前に現れていた。
空のような青。澄んでいて、広がっていて、でも、どこか触れるのが怖いほどに美しかった。煌希は、息を呑みながら言った。
「……ずっと、見ようとしてた。でも、こんなにきれいな色だったなんて……君が、自分で灯したんだね」
声が、少しだけ震えていた。それは、驚きでもあり、祈りが届いた瞬間の熱でもあった。
彩葉の色が、目の前にある。それだけで、胸がいっぱいになった。ずっと願っていたことが、今、静かに叶った。
彩葉は、静かに頷いた。胸の奥が、少しだけ熱を持った。煌希の瞳に、自分の色が映っている。それが、怖くなかった。
風が髪を揺らし、空の青が肌に触れるように広がっていた。彩葉は、確かに“見られている”と感じていた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「……これは、私の気持ち。誰かの影じゃなくて、誰かの記憶でもなくて――“今の私”が、ちゃんと感じて、選んだもの」
風が吹き抜ける。空は、さらに深く青くなっていた。彩葉は、ゆっくりと煌希の前に歩み寄った。
彩葉は、静かに煌希を見つめた。
「……話そう。ちゃんと、私の気持ちを知って欲しい」
呼吸が、ひとつ深くなった。瞳が、まっすぐ煌希を捉えていた。それは、誰かに見られるためではなく――自分の色を、自分の言葉で語るための意志だった。
煌希は、深く頷いた。
「……聞かせて。君の色のことを」
その瞬間、二人の間にあった距離が、静かに溶けていった。
彩葉の色は、もう誰かの影ではなく――自分自身の光として、煌希の前に立っていた。
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