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第21章

校舎裏。夕暮れの光が、静かに差し込んでいた。

彩葉はフェンスにもたれて空を見ていた。煌希は、少し離れた場所から、彼女に声をかけた。


「……彩葉」


彩葉は、振り返らずに答えた。


「……お父さんに、許してもらえたんだって?」


煌希は、頷いた。


「うん。でも、それだけじゃ足りない。俺は、君のことをもっと知りたい。君が何を見て、何を感じて、何を怖がってるのか――全部、知りたいんだ」


彩葉は、ゆっくりと振り返った。その瞳は、静かで、冷たいほどに澄んでいた。


「……なんでそんなに必死になるの?私たち、お互いのこと全然知らないっていったよね?なのに、どうしてそんなに私に近づこうとするの?」


煌希は、少しだけ言葉に詰まりながらも、前を向いた。


「……君を見たとき、心が動いた。理由なんて、うまく言えない。でも、君の隣にいたいって思った。それが、俺の“色”なんだと思う」


彩葉は、目を細めた。その瞳には、わずかな揺れがあった。でも、それはすぐに冷静な拒絶に変わった。


「……私、煌希くんのこと好きだよ。惹かれてるような気がする。でも、それが本当に“今の私の気持ち”なのか、わからない。私の中には、昔の記憶みたいなものが残ってる。それが、あなたに反応してるだけかもしれない。それなら、今の私はただ揺れてるだけで――本当の“私”じゃないかもしれない」


煌希は、静かに息を飲んだ。その言葉の重さを、受け止めようとしていた。

彩葉は、さらに言葉を重ねた。


「……それに、私はあなたの隣にいるべきじゃない。あなたみたいに強い色を持った人には、もっと鮮やかで、もっと確かな色を持った人がふさわしい。私じゃない誰かの方が、きっとあなたをちゃんと見てくれる。私は、あなたの色に触れるだけで、自分がぼやけていく気がする。それが怖いの。だから、近づかないで」


煌希は、何も言えなかった。

彼の“色”が、彩葉の“揺れ”に触れた瞬間だった。でも、それはまだ、彼女にとっては痛みだった。

彩葉の拒絶は、冷静で、静かで、でも確かに切実だった。

彼女は、自分の“色”を見つける前に、誰かの色に染まることを恐れていた。そしてその恐れは、煌希の“願い”を拒む形でしか表現できなかった。

昼休みの中庭。風が心地よく吹き抜ける。

彩葉はベンチに座っていた。そこへ澄華が、静かに歩いてきた。


「彩葉ちゃん。あなたが誰だかわかったの」


澄華の声は、いつもより少しだけ低かった。

彩葉は顔を上げる。


「……え?」


澄華は、少し笑って言った。


「あなた、前作の主人公の娘だったのね。だったらはじめから言ってくれればよかったのに。私に勝ち目なんてないじゃない」


彩葉は、息をのんだ。


「……私が、前作の主人公の娘?」


心の中で、言葉が渦を巻く。父と母が、前作のメインキャラクター?というか、前作って……何?

澄華は、彩葉の困惑を見て、肩をすくめた。


「知らないの?“前作”っていうか、“今作”になるのかしら。あなたが知ってる煌希と澄華の話の後に、過去編として書かれた物語があるの。それが、あなたの父と母の物語」


彩葉は、言葉を失った。でも、心の奥で何かが腑に落ちた。だから、あんなに色が違う二人が一緒にいられている。だから、父は“方法”を知っていた。

澄華は、ベンチの端に腰を下ろした。そして、空を見上げながら言った。


「私ね、ずっと、煌希くんと結ばれるのが“正しい”って思ってた。彼の隣にいるために、色を整えて、距離を測って、それが“私の物語”になるはずだって信じてたの」


彩葉は、静かに澄華を見つめていた。


「でも、あなたが出てきて――全部が狂ってきた。彼の色が、あなたに向かって揺れ始めて、私は、何を信じていたのか分からなくなった」


澄華は、少しだけ笑った。それは、悔しさではなく、どこか晴れやかな笑みだった。


「それで、気づいたの。私のそばにも、ずっと一緒にいてくれた人がいたんだって。それに気づいたときに自分の本当の気持ちにも気づけた。そういえば、私はずっとその子のことが気になっていたんだって。彼の色は、静かで、でも確かに私を見てくれていた。それが、私の“色”の原点だったんだって」


彩葉は、息をのんだ。

澄華の言葉は、まっすぐだった。


「だから、今さらあなたたちがどうなっても、私はいいの。私も、自分の“色”を見つけたから」


澄華は、空を見上げて、静かに笑った。


「あなたは、あなたの物語を生きればいい。私は、私の続きを書くから。ねえ、彩葉ちゃん?私たちは本の中の登場人物じゃないんだよ。私たちはここで生きてるんだよ」


彩葉は、まだ揺れていた。でも、澄華の言葉が、静かに背中を押した。澄華の“色”は、誰かの隣に立つためではなく――自分自身の輪郭を描くために、ようやく灯ったのだと。

澄華が去ったあと、彩葉はひとりベンチに残っていた。風が頬を撫でる。空は高く、雲はゆっくりと流れていた。

彩葉は、静かに目を閉じた。

澄華の言葉が、胸の奥で響いていた。その言葉が、彩葉の中の何かをほどいた。

ずっと重くのしかかっていたものが、すっと軽くなった気がした。


「ああ、そうか……」


彩葉は、ぽつりと呟いた。

澄華が自分の“色”を見つけたことが、うれしかった。それは、嫉妬でも敗北でもなく――祝福だった。そして、煌希の隣に立つことも、もう怖くなかった。

彼の色が強くても、自分の輪郭がぼやけても――それでも、隣に立ちたいと思った。

もう、迷わなくていい。でも――彩葉は、そっと胸に手を当てた。


「……これは、本当に“私”の気持ちなの?」


その問いだけが、まだ残っていた。誰かの記憶が揺れているのかもしれない。誰かの感情が、今の自分に重なっているのかもしれない。でも、それを確かめなければ。

それが、私の“色”を見つけるための一歩だから。

彩葉は、立ち上がった。風が、制服の裾を揺らした。

これは、私の人生。私の色を見つけるための物語。そして、煌希くんの隣に立つための、静かな始まり。

放課後の図書室。

誰もいない静かな空間に、ページをめくる音だけが響いていた。

彩葉は、窓際の席に座っていた。目の前には、父と母が載っている卒業アルバム。その写真を見つめながら、彼女はゆっくりと息を吐いた。

澄華の言葉が、胸の奥でまだ揺れていた。

彩葉は、そっと目を閉じた。心の中に、いくつもの声が響いていた。


「……私は、誰?」


煌希に惹かれている。でも、それが本当に“今の私”の気持ちなのか、わからない。誰かの記憶が、誰かの感情が、私の中に残っている。

それが、自分の選択に影響している気がする。


「……でも、じゃあ“今の私”って、どこにいるの?」


彩葉は、窓の外を見た。夕暮れの光が、校庭を淡く染めていた。

彩葉は、ノートを開いた。そこに、ひとつの言葉を書いた。その文字を見つめながら、彼女は静かに呟いた。


「……私は、私の気持ちを確かめたい。誰かの記憶じゃなくて、誰かの物語じゃなくて――私自身の感情として、煌希くんの隣に立ちたい」


ページの余白に、もうひとつの言葉を書き加えた。

彩葉は、ペンを置いた。その瞳には、まだ迷いがあった。でも、その迷いは、前に進むための揺れだった。

彩葉は、自分と向き合った。それは、静かで、孤独で、でも確かに“自分の色”を探すための時間だった。そしてその色は、誰かの隣に立つためではなく――自分自身の輪郭を描くために、少しずつ灯り始めていた。

夕方の食卓。窓の外には、淡い夕焼けが広がっていた。

櫻花は煮物を盛りつけ、透哉は湯呑みにお茶を注いでいた。彩葉は、静かに席につき、箸を整えていた。

何気ない日常。でも、その瞬間――ふとした光の加減で、彩葉の横顔が夕陽に照らされた。

櫻花が、手を止めた。透哉も、湯呑みを持ったまま動かなくなった。

二人は、目を見開いた。彩葉は、気づいていない。

いつも通り、静かに食卓を整えているだけ。でも――両親の目には、はっきりと見えた。

揺れながらも、確かに灯っていた。誰かの色に染まるのではなく、自分自身の輪郭を描こうとする、静かな青。

櫻花は、思わず彩葉を抱きしめた。その腕は震えていた。


「……彩葉……彩葉……!」


櫻花の腕は、震えていた。その震えは、長い時間の祈りがほどけた証だった。透哉の手も、彩葉の肩にそっと添えられていた。

その瞳には、言葉にならない感動が宿っていた。彩葉は、初めて“祝福される存在”として、そこにいた。

子どものように泣きながら、櫻花は彩葉を抱きしめ続けた。その涙は、喜びと安堵と、長い時間の祈りがほどけた証だった。透哉も、静かに彩葉の肩に手を置いた。その瞳には、深い感動が宿っていた。

彩葉は、少し驚いたように言った。


「……どうしたの?」


櫻花は、涙を拭いながら笑った。


「ごめんね。でも、今……あなたの色が見えたの。とってもきれいな青だった。空みたいに、澄んでて、優しくて……それが、あなたの色だったのね」


彩葉は、言葉を失った。でも、胸の奥が、静かに温かくなっていた。呼吸が、少しだけ深くなった。胸の奥に、柔らかな熱が広がっていく。

それは、誰かに見つけてもらったからではなく――自分の中に、確かに“色”があると感じたからだった。自分ではまだ見えない“色”。でも、誰かが見つけてくれた。それは、確かに“今の私”が灯した色だった。

彩葉は、そっと目を伏せた。そして、心の中で呟いた。


「……これが、私の気持ちなら――ちゃんと、確かめたい。この色が、私のものだって、信じられるように」


誰かの記憶じゃない。誰かの物語じゃない。これは、私自身の感情。それを、確かめたい。

それが、私の“色”を生きるということだから。

その夜、彩葉の“色”は、家族の中で静かに灯った。

それは、誰かの物語の続きではなく――彩葉自身の人生が、ようやく始まった証だった。

夕食のあと、居間に柔らかな灯りが灯っていた。

櫻花は台所で片づけをしていて、透哉と彩葉は並んで座っていた。窓の外には、夜の気配が静かに広がっていた。透哉は、湯呑みを手にしながら、ぽつりと口を開いた。


「……彩葉。ぼくたちは君の薄い色を知ってはいたけど、君の色がはっきり見えたとき、正直ほっとした」


彩葉は、少しだけ顔を向けた。


「……ほっとした?」


透哉は、静かに頷いた。


「いままで、君が“無色”だったのは、ぼくのせいだと思ってた。ぼくの色が薄いから、君に色を渡せなかったんじゃないかって。ずっと、そう思ってた」


彩葉は、黙って聞いていた。その瞳は、静かに揺れていた。


「でも、違った。君の色は、お母さんとは違う。ぼくに似てるけど、ぼくとも違う。それは、君自身の色だった」


透哉は、窓の外を見た。

夜の空に、淡い青が残っていた。


「ぼくも無色だった。櫻花と出会って色が見えてきた。ぼくの色は、薄い青。でも、夜を少し含んでる。静かで、少し重たい色だ。でも、君の色は――青空みたいだった。澄んでいて、広がっていて、誰かの隣に立つためじゃなくて、自分の輪郭を描くための色だった」


彩葉は、そっと目を伏せた。そして、初めて――自分の色が、両親に見えたことを実感した。

その瞬間、彩葉はふと笑った。それは、静かで、でも確かに温かい笑みだった。


「……私、2人の娘でよかった。ずっと、2人の娘でいたい」


透哉は、少しだけ目を細めた。その瞳には、深い安堵と喜びが宿っていた。櫻花が、台所から顔を出して微笑んだ。


「彩葉……ありがとう。あなたが、あなたの色を見つけてくれて――本当にうれしい」


窓の外の空が、淡く染まり始めていた。風が、カーテンをそっと揺らした。その揺れの中に、彩葉の色が滲んでいた。

それは、誰にも塗りつぶされない、静かな青。

彩葉は、その色を――自分のものとして、受け止め始めていた。




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